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第81話 大統領謁見 北南崎 桜太郎と869人の被害者達

【大阪都/ジャニームズ事務所 レッスンスタジオA】


「おはようございます。大統領の北南崎桜太郎です」


「おはようございます」


 ジャニームズ事務所の

 アイドルとは思えない朦朧どんよりした『おはようございます』の挨拶が不気味に乱反射する。

 またスピーカーからも呪われそうな『おはようございます』が響く。

 事務所全体を使っても入りきらないので、Aスタジオのカメラで事務所全体に中継がされている。


 なお『昼』なのに『おはようございます』は、芸能界のしきたりだ。

 昼でも夜でも深夜でも、芸人、アイドル、俳優、スタッフに限らず、業界人の挨拶は『おはようございます』と決まっている。


「さて、皆さンに集まってもらったのですが、ここは犯罪現場でもありますので、精神的に辛い方は大統領官邸に来てもらっています」


 カメラは官邸にも中継されていた。

 ジャニームズ事務所でPTSDを負い、辞めざるを得ず、近づく事も出来なかった被害者達だ。


「まずは政府として謝罪します。私、および歴代大統領が、こンな無法を許してしまったこと、誠に申し訳ありませン」


 北南崎は深々と頭を下げた。


 北南崎大統領が、集めたタレント達を前に説明する。

 本来なら、北南崎の場所は、多くの女子ファンが大統領に『その場所譲れ!』と張り倒す絶景の場所のハズだが、大半のタレントは、いわゆるタレントオーラが死んでいた。

 TVの前じゃないのもあるが、何せ思い出すのもつらい犯罪被害者なのだ。

 中にはこんな犯罪に巻き込まれても頑張るオーラを放つタレントも居たが、基本的には大半目が死んでいた。


「これからこの事務所にいる人全員を一人ずつ面談します。ただ、申し訳ないのですが被害人数が法の想定外ですので、私が信頼する閣僚や関係者も動員します。そこでお願いが4つあります」


 いつもTVでひょうひょうとしている北南崎が必死に説明する姿は、アイドルたちに一定の信頼を得た。

 誰にも話せず、秘密にするしかなく、狂おしいまでの精神力で我慢した事を吐き出せる機会を得た。

 もう、この時点で泣いている者もいた。


「まず1つ。聞きたいのは被害場所の詳細と、抵抗の有無です。中には鬼堕皮に脅され抵抗できなかった方もいるでしょう。それらを教えてください」


 鬼堕皮が突如豹変し襲い掛かったのは知っている。

 また、不意打ちの様に組み伏せられたのも暴かれている。

 知りたいのは豹変した気配を感じたかどうかの有無と、不意打ちだった場合の鬼堕皮に気が付いたタイミングだ。


「次、格闘技と、最低でも入院級の喧嘩の経験者は申し出てください。喧嘩の罪は問いませンのでご安心を。おっとそうそう、スポーツマンもですね。例えば甲子園球児、国体選手なンかが該当しますかね。格闘技は有段者レベルとしておきましょうか」


 被害者側の運動神経を測りたいのだ。

 ダンスレッスンで最低限の体力は有しているだろうが、50年以上に渡って続けられた大犯罪だ。

 被害者も少年から高齢者まで様々だ。


「次。皆さンの為に対策本部直通サイトを作りました。これは提出自由です。言いたい事、辛い事、政府への恨みでも構いませン。その為に、貴方達にランダムで番号を付けました。万が一内容が漏れても特定できない様にする工夫です」


「……え? 漏れる想定ですか!?」


 さすがにスキャンダルに敏感な芸能人である。

 漏れる想定のモノを軽々に使う分けには行かない。


「えぇ。読ンだ後は復元不可能にして処分しますが、この手の技術はイタチごっこです。漏れる想定で動く心構えこそが、最大の防御であり、その為の専用番号と政府専用サイトです。入力は番号と本文だけです。番号は閣僚全員の頭に誰が何番と入っていますので、それで識別できます」


「869人、全員のプロフィールを覚えたんですか!?」


「えぇ。番号は伏せますが、君は多美中君ですね」


「は、はい!」


「じゃ、じゃあ私は? 多美中は現役アイドルです。しかし私は芸能界を引退した身です」


「千陣望さン、心配無用です」


「ッ!!」


 一種のパフォーマンスであるが、信頼を得る為に努力した事は伝えねばならない。

 被害者の苦痛を思うなら、869人程度の顔と名前を一致させるのに1週間もいらない。


「本来、対面で聞き取り調査をするのですが、869人相手に聞き取り調査は下手したら年単位かかるかもしれませン。鬼堕皮が寿命で死ンでは仇討ちが不可能になりますので、時短処置をさせて下さい。その中で面談が必要と感じた人、面談をしたい人はその旨を伝えてくれれば対応します」


 アイドル達は黙ってしまった。

 納得した者もいれば、イマイチ要領を得ていない者も居た。

 また、869人で鬼堕皮と戦うのに、何故こんなに慎重なのかも分からなかった。

 北南崎はその雰囲気を感じ取った。


「一応、と言うか必須の申し伝え事項として伝えます。鬼堕皮は化け物です。性欲の化け物でもありますが、格闘技の天才です。天然の合気道を極めし者です。皆様は仇討ち法第三号の試合をみましたか? 紫白眼魎狐副大統領が合気道で2人を倒したのを」


 北南崎の言葉に、心当たりのある者が、気が付いた反応をする。

 体重増加のハンデを背負って、2人を手玉に取った若い女の副大統領の強さを。


「決闘を見る見ないは自由ですので、見ていない方に申し上げれば紫白眼副大統領は合気道の達人です。男女合わせた中でも世界最強を狙える大天才です。そンな紫白眼さンと鬼堕皮は互角の合気道戦で訓練しています。これは加害者側の10%の勝利を確約する為の訓練です。鬼堕皮は一対一なら皆さンをあっという間に殺すか嬲るかするでしょう」


 全員の喉が上下した。

 自分が襲われた状況を思い出したのだ。

 抵抗が全く通用しない性欲モンスターを。


「そこで、先ほど格闘技の経験やスポーツ経験を問いましたが……。アレを用意してください」


 大統領の合図で菅愚漣と朱瀞夢が、何かを運び入れて入出した。


「遠くて見えない方に説明しますと、ここには木刀、バット、鉄パイプ、バンテージを用意しました」


「???」


「格闘技経験者はバンテージで拳を保護してください。剣道経験者は木刀を、喧嘩自慢は鉄パイプを、レスリング、柔道等の投げ系を得意とする人は、投げ技を仕掛けてください。何も経験無い人はバットか何かで私を殴ってください。もちろン力に自信があるなら拳でも蹴りでも構いませン」


「……だ、誰にですか?」


 アイドルの一人が訪ねた。

 仕掛けろというが、『誰に』が抜けている。

 ただし、抜けているが、何となく『誰に』は予想がついた。


「私にです。私は股間と頭部だけを防御して突っ立っています。どこでも一発殴るなり投げるなりして下さい」


 予想はしていたが、信じられない事を北南崎は言った。

 被害者で仇討ち希望者は869人もいるのだ。


「……は、869人分を? 大統領が受けると?」


「そうですよ? 当然です。被害者の実力も今まで判別してきたのですから。ただ人数が多いので、申し訳ないですが一発だけとさせて下さい。それで実力を判定します」


「そう言われましても……。暴力が苦手な子も居ますので……」


 年長のアイドルがおもんぱかった。


「苦手でも仇討ちに参加する以上、暴力には慣れておかねばなりませン。なぁに遠慮は無用ですよ。それにこの程度で怖気づいては鬼堕皮には勝てませンよ? 容赦ない一撃をお願いします」


「り、理由は分かりましたが大統領は何故そこまで体を張るのですか?」


「愚問です。国民を愛しているからですよ」


(大統領の愛は本物だ。だけどこれは狂気の愛だ!)


 アイドル達は感動するべきか、恐れるべきか、敬うべきか非常に悩んだ。

 こうして現場検証+実力検証が始まるのであった。

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