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第80話 模擬戦 紫白眼 魎狐vs鬼堕皮 蛇兒誣

【某所/死刑囚収容施設 運動場】


 芝生の運動場にて紫白眼魎狐と鬼堕皮蛇兒誣が対峙していた。

 模擬戦未届け人は北南崎桜太郎である。

 ところで『死刑囚施設に芝生とは贅沢な!』と思うかもしれないが、これは死刑囚の自殺と脱走を防ぐ手段の一つである。


 特に冬のカチカチの地面に頭を打ち付け自殺を図った物が居る事と、脱獄を図った者が過去にいたからだ。

 根張りの良い芝生は道具なしで掘るのは難しい。

 そんな運動場が、模擬戦には都合よかった。

 地面に叩きつけられても、ダメージは軽減される。

 勿論、落下のしかた、技の種類によっては芝生など意味がない可能性もあるが、そこは実力者2人を信じた結果であった。


 結果であったのだが――


「……」


「……」


 2人は対峙したまま10分を経過していた。


「どうしました? 流石に動きが無いと困るのですが?」


 北南崎がそう言いながら『よっこらせ』と擬音が出そうな動作で芝生に胡坐で座った。


「大統領……。この方は達人級です。全く隙がありません。私が勝つには、相手の集中力と体力を切れを待つしかありません」


「老人相手に厳しい戦法じゃのう? ところで北南崎君? 困るのう? 見て分からんか? ありとあらゆるフェイントが行き交う激しい攻防が?」


 2人がお互いから目線を切らさず言った。

 全身から汗が滴り落ちている。


「見えてますよ。紫白眼さんにソコまで言わすだけでも大したモノですが、だから困っていたのです。しかし成程。合気道達人同士が相対するとこうなるのですね。仕掛けてくれなければ動きようが無い」


 北南崎が見たままの感想を言った。

 数ある武術でも合気道の達人は極端に少ない。

 才能が無くてもチンピラ相手の護身術程度には強くなれるが、真の合気道は、力の流れが見える、選ばれし者の武術でもあるからだ。

 故に相手が動かなければ仕掛けられない、と北南崎は判断した。


 だが、紫白眼が反論した。

 勿論、鬼堕皮から目を逸らしてはいない。


「違います。そうじゃありません。合気道は先の先。後の先じゃありません」


「ほう! そうでしたか」


 北南崎も紫白眼や合気道経験者と戦った事があるが、先制攻撃を仕掛けられた事がない。

 必ず、自分の攻撃に合わせてきたから、そういう武術だと思っていた。


「合気道でも当身打撃は習いますからね。当身でバランスを崩し投げたり折ったり絞めたり……。別に殴り倒しても良いんですが、待った方がカッコいいし力量の差も見せつけられますから、私はあまり自分からは動きませんが……」


 紫白眼の戦闘スタイルに鬼堕皮が反応した。


「ほう。やはり独学と修行の成果では、こうも考え方が違うか。しかし辿り着いた結論は一緒。ワシは夜這いや人気の無いスタジオで襲い掛かる、先の先だったからじゃが……。大統領困りました。真の合気道をこの歳になって習いたい欲が湧きました。性欲と同じ位に興味がありますぞ!」


「う~ん……。その希望を叶えて見たい気持ちもありますが……」


「ッ!!」


「ッ!!」


 そう言いながら北南崎は名刺の束を、2人の間に巻き散らした。

 埒が明かないので、隙を作ってあげたのだ。


 一枚の名刺が2人の視線を切った――瞬間2人は飛び出し――鬼堕皮はタックル――紫白眼は飛び掛かり――空中で鬼堕皮の後襟を摘まみ――逆背負い投げで芝生に叩きつけた――


「げはぁッ!?」


「それまで! 勝者、紫白眼!」


 紫白眼は一定の距離まで下がって正座した。

 決して鬼堕皮から目を切らしていない。

 そうしながら呼吸を整え、滝の様に流れる汗を拭った。

 それ程のプレッシャーを鬼堕皮から感じ取っていたのだ。


「鬼堕皮さン、大丈夫ですか……あ……!?」


「ッ!? 隅落とし!?」


 北南崎が差し出した手を掴んだ鬼堕皮が、北南崎の体の内側に入り込み、体重を操って鮮やかに隅落としを決めて見せた。


 北南崎が地面に大の字で倒れている。

 関係者にしてみれば世紀のスクープ現場だ。

 事実、金鉄銅は驚愕で目が飛び出しそうだ。


「ほう。これは『隅落とし』という技名ですか。失礼しました大統領。油断を狙わせてもらいました。紫白眼副大統領に負けて、自分が弱くなったのかと思ったのですが、どうやら違いますなぁ。相性や経験値、状況やタイミング、そして呼吸! 全てを制してこその合気道! 素晴らしい!!」


 鬼堕皮が両手を広げて喜びを噛みしめている。

 長年味わう事の無かった、新しい感覚を手に入れる瞬間。

 自転車が乗れるようになった、ボールを力強く投げられるようになった、逆立ちのバランスを掴んだ……などなど一度覚えたら一生忘れない感覚がある。

 何なら人類全員がその瞬間を覚えてはいないが『歩く』も一生忘れない感覚だ。


 鬼堕皮は紫白眼に投げられ、北南崎を投げ開眼したのだ。


「油断は……してません。少なくとも死刑囚に対する最大限の警戒をして手を貸したつもりでしたが、まさかこうも鮮やかに投げられるとは。ダウンなど一体いつぶりの間隔でしょうねぇ」


 北南崎は両膝を顔に近づけて、ネックスプリングで立ち上がった。


「褒めて良いのか分かりませんが、北南崎さんが奇襲であっても倒されたのは、私は記憶にありません!」


 紫白眼が驚きを口にする。


「そうですねぇ。これはハンデにかなり影響しますよ? 私を倒したのなら1000人ぐらいは倒してもらわねばなりませんねぇ」


 北南崎も認めた。


「倒して見せましょう! 紫白眼副大統領にご指導頂けるなら! 公務の空き時間で構いませんので! お願いします! ひゃひゃひゃ!」


 鬼堕皮が新しい玩具を与えられた子供の様に(?)笑った。


「良いでしょう。紫白眼君の公務は私が引き継げるものは引き継ぎましょう」


「大統領!?」


 紫白眼の困惑を北南崎は手で制した。


「いいですか? 紫白眼君。これは貴女にとってもチャンスです。もう長い間、合気道のライバルなど居なかったでしょう? もしかしたらこの先一生現れないかもしれませんよ?」


 先にも述べた通り、数ある武術の中でも、特に才能を要する武術である。

 常人には理解できない感覚を武器に戦うのが合気道。

 他武術の達人との手合わせはいつでも出来る。

 それこそ北南崎空手乱陀流中国拳法朱瀞夢プロレスでもいい。


 しかし合気道限定となると、自分より強い人間に出会った事がない。

 信長真理教に拾われ、試しに合気道を学ばせたら、幼少期にして合気道最強になってしまったのが紫白眼だ。


「わかりました。私の勉強も兼ねて鬼堕皮さんを育てます。その結果……鬼堕皮さんが決闘に勝っても文句は言わないでくださいね?」


「おぉ! ありがたい!」


 鬼堕皮が99%本心で喜んだ。

 後の1%は『男だったら』だった。


「わかりました。では私は被害者側の面談に行ってきます。紫白眼君は引き続き指導を続けてください。ただし、今回は手配済みですが、今後は必ずSPを付ける事と狙撃班の準備をして下さい」


「勿論です」


「副大統領を人質に取られ逃走など前代未聞の失態ですからね。金鉄銅君もよろしくお願いします」


「はい」


「はッ!」


「ワシってそこまで強いのか……!」


 紫白眼は警戒を引き上げ、金鉄銅はいつでも銃を抜ける様に準備し、鬼堕皮は北南崎の警戒を喜んだ。


「では行ってきます。(それにしても……被害者兼決闘希望者869人、か。多い!!)」


 多すぎる被害者との面談だが、一人たりとも適当には済まさない。

 紫白眼が育てる鬼堕皮が相手なのだ。

 怪物が妖怪を育て大妖怪に仕上げるのだ。


(ハンデバランスがあるとは言え、こちらも何か考えなければいけませんねぇ)


 何か試案があるのか、北南崎は考え事をしながら、某所死刑囚収容施設を後にするのであった。

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