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第56話 作戦遂行

「それで衣装もお願いしたんだね?」

「はい。綾乃……いえ、友人のデザイナーに無理を言って、なんとか作ってもらうところまで話をつけました」


 最初の企画書を大幅に修正したものが、飯田編集長の前に置かれている。

 覚悟を決めた桃花の動きは早かった。

 中百舌鳥京志郎に話をつけて、そのまますぐに友人である須田綾乃のところに行ってきた。

 そして彼女に「お願い」をしたのだ。

 「今までの王子様とはまったく違う、でも誰もを幸せにできるようなそんな衣装が欲しい」、と。

 はっきり言えば、そんな無茶苦茶な依頼を受けるなんて無茶だとは思う。しかし、綾乃は言ってくれた。


『いいよ、だってせっかく桃花が頼ってきてくれたらからさ。それにどうせ、桃花の王子様絡みでしょう?』


 そう笑って言ってくれた言葉が、桃花には嬉しかった。


「ふむ……はは、予算もかなり変わっているね」

「はい。これも友人の彼女に作ってもらったから、かなり格安だと思います。本来なら、もっといろいろと通さないといけないところ、全部なくしてこの値段ですから」


 綾乃にはデザインだけではなく、衣装の生地の調達からサイズの採寸、さらに衣装を作り上げるところまでを依頼している。だから、本来は中間業者やいろいろな人にわたる予算を綾乃に集中している状態なのだ。

 そもそも最初の企画段階ではモデルさえも曖昧だったのだ。そこにアルを据えて、さらにメークアップアーティストに中百舌鳥京志郎、そして衣装全般に須田綾乃を協力として呼んでいる。

 こんなに小規模なモデルの撮影はなかなかないだろう。


「これをアルフレッドくんに了承させるとは」

「というか、ほぼ騙し討ちなんですが……メイクアップアーティストの方、『櫻木昴』時代の知り合いだってあえて言いませんでしたし」


 中百舌鳥京志郎にすぐに電話をかけろ、と言われて、条件を突きつけた。

 写真集のコンセプトはこちらで決めること。

 メイクアップアーティストもこちらで決めること。

 そんな二つの条件だけならば、きっとアルも疑ったとしても、それだけでこちらがすべてを逆転できるとは思わないはずだ。だから乗ってくる、と京志郎は確信していた。


「はは、それくらいでいいよ。むしろあのアルフレッドくんに騙し討ちができるなんて、そうとうな胆力だからね。望月くんにそんな力がついたのなら、それは喜ばしいことだよ」


 飯田編集長は楽しそうに笑った。

 もしかしたら、こういうことを彼も予想できていたのかもしれない。


「ふむ……では次にアルフレッドくんと会うのは採寸と、打ち合わせ、かな?」

「そうですね。コンセプトについては変えていませんが、その、メイクなどに関しては基本的に協力してくれる中百舌鳥さんが、来てくれるかどうか……」


 なんとか京志郎にアルのメイクは頼めたが、「その前にあいつをぐちゃぐちゃにするための作戦考えといたるから!」とものすごく嬉しそうに言われた。

 あんな京志郎をそのまま打ち合わせに参加させるわけにはいかない。ちゃんと綾乃の衣装とコンセプトに合わせたメイクをしてくれるとは言っているが、アルと一緒の打ち合わせに参加させた場合に何をしでかしてくるか分からないのである。

 そういう意味で、京志郎とアルを撮影当日まで合わせることはできそうになかった。


「だったら、採寸と打ち合わせは君がするしかないね。できそうかい?」

「はい。それはなんとかします」


 本来ならば、こういう仕事はまた別の人間のやる仕事である。

 桃花はあくまでも撮影スタッフである。そのため撮影のことだけはなんとかできたとしても、お互いのスケジュール調整やコンセプトを合わせることなどのマネージャーのような業務をする必要は本来無いのである。

 しかし、そうは言ってられない。


「これは、私がここまでしようって決めたんです。だから、私にやらせてほしいんです」


 桃花ははっきりと飯田編集長に主張した。もちろんこんなことはいえー中の異例であるし、普通ならば了承されることでもないと思う。だが、飯田編集長はそれにうなずく。


「できる限りのところまでやってみなさい。ただし、もしも難しいと思ったら、すぐに同僚や私たちに頼ること。それは確実にしてもらうよ。それが私の今回の仕事に対する条件だ。良いね?」


 飯田編集長はそういって深くうなずいてくれた。

 桃花もそんな彼にうなずき返す。


「はい!」


 その姿は最初の頃の、何を写真で撮ったらいいのかわからない頃の桃花ではない。

 そのまま席に戻って息をつく。


「これで、大丈夫、だよね……」


 自分でもここまで言って、許してもらえるなんて思っていなかった。どこか一つくらいは止められると思った。何しろこの写真集は、桃花の趣味ではなく、ちゃんとした出版社で出版されるものである。それをただの一個人の趣味ではないのだ。それをここまで歪めていいものだなんて、桃花もそんなことはさすがに思っていない。


「あとは、もう少し企画書のスケジュールとかなおして……それから、スタジオの確保と……」


 予算の計算もしなくちゃいけないし、まだ改善できるところもあるはずの見直しもあって。

 そんなことを考えて仕事をしようとした時。


「桃花」


 デスクの傍にありえない人が立っていた。


「……あ、え……? なん、で……?」


 眼鏡をしてマスクをしていても分かるとてもきれいな輪郭をした男の人。


「少し顔が見たくなって来ちゃいました」


 このオフィスまで入ってこられないはずなのに、普通に入ってきたアルは、桃花ににこりと手をあげて挨拶をした。


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