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第57話 あなたの望み

「ま、待ってください!! だって、あなたは、その、私の計画を邪魔したいんじゃないんですか?!」


 桃花はほかの人の目があることなんて忘れて思わず尋ねてしまった。そんなことよりも、彼がここに居ること自体、信じられなかったのだ。どうしてアルがこんなところにいるのか。そしてなぜアルがそんな風に笑っていられるのかがわからなかったのである。


「別に僕は、写真集を発売してほしくないなんて、一度も思ったことはありませんよ。むしろ逆です。僕は写真集を発売したい。その内容が、僕の希望にしたいだけなんですから」

「……そういえば、そう、ですね」


 その言葉に思わず納得してしまいそうになった。たしかに彼自身も写真集を発売してほしくないなんて一言も言っていない。

 ただ、それでも驚きを隠せなかった。


「だから、ちょっと電話したんですよ。そうしたら、あの人から桃花が頑張っていることをおしえてもらえたんです」

「あの人って、飯田編集長のことですか……?」


 そう尋ねると、アルはにこりと笑った。

 その完璧な笑みが同意と同じだと思った。


「あの、失礼なんですが、事務仕事とかってできるんですか?」


 それがものすごく失礼な言い方だということはわかっている。

 しかし、アルが「櫻木昴」ならば、事務仕事とは無縁の生活を送っていたと呼ばれてもおかしくはない。そもそも芸能人で若くして売れた人は、基本的にはその道で食べて行く人が多いから、あまり事務仕事に向いてるイメージはなかったのである。


「それなりにはできるかと。もちろんやり方を聴かなければわからないことも多いですけどね」


 それに対して、アルはにっこりと笑った。

 決して何も考えずに顔だけで生きてきた男ではないと思う。だからこそ、そんな返答ができるのだ。彼自身がmかなりの修羅場をくぐっているからこそ。


「じ、じゃあ、その、アルが、写真を撮りたいと思うスタジオをこのリストから探して、予定を立ててもらってもいいですか?」


 それならば、中百舌鳥京志郎と立てた計画にそこまで支障が出ることはないだろう。

 とっさに桃花は、商業撮影が可能で、いつも出版社でもお世話になっているスタジオの一覧表の入ったタブレットをアルに渡した。


「……こういうの、くれるんですね。もしもこんなものを、社外の人に渡したら厄介なことにはなりませんか?」

「今は、緊急事態だと思うので。それに……あなたのことはそういう意味では信頼しています」


 先ほどもいっていたように、彼は写真集を出したいと思っている。だからこそ、あえて不利になるようなことはしないだろう。そう思っての発言である。


「確かに、そういう意味で信頼されるのは悪くありませんね」


 アルはそう言いながら、タブレットを見つめる。

 その横顔も綺麗だ。

 この写真を撮っただけで一緒に仕事をする王子様、なんて言う名前を付けて、そのまま載せることができそうなほどである。


(もちろんそんなことはできるわけはないのだけれど)


 そう思いながら、桃花は全員のスケジュールを詰めていく。綾乃には採寸だけでもきてもらなくてはいけないが、逆に京志郎は打ち合わせなどには参加させられそうにもない。となると、こちらとのイメージ共有は、基本的にはメールが電話になる。さらにアルと会わせることができないとなると、ぶっつけ本番になる可能性だってあるのだ。

 出版社から発行される制作物を、そんなことできるはずがないことは、桃花だってよくわかっている。


「ああ、それから」

「なんですか?」


 隣に座ったアルが主に話しかけてきて、何が言いたいのかと桃花は首をかしげる。するとアルはにこにこと何を考えているのかわからない笑みを浮かべてきた。


「言っておきますが、中百舌鳥さんとは最低でも一度はちゃんと打ち合わせをしておいたほうがいいですよ。もちろん僕も交えて」

「え……いいんですか?!」


 衝撃的なことを言われて、桃花は戸惑ってしまった。もちろんそうしたいのは山々だったが、不可能だろうと思っていたのである。何しろ京志郎は、確実にアルを敵視しているのだから。


「そのあたりはあちらもプロですから。僕のことはたっぷり罵ってくるでしょうが、だからといって、仕事に手を抜くような人ではないでしょう?」

「それは……そう、ですね」


 京志郎は仕事はきちんと受けてくれるタイプなのだと思う。

 今回の仕事で提示されたキャラも決して高すぎず安すぎず相場の真ん中、といったような値段だった。

 取引用の契約書についてもちゃんと交わしてくれたし、わからないところに関しても説明を求めてくれた。そういう人は、出版社側である桃花にとってもとてもやりやすい。


「だからそちらに関しては、そこまで心配する必要はないと思います。どちらかといえばそうですね今回の撮影で、僕がスタジオを選びすぎるのはいけないことだと思いますよ。もちろん僕の意見を参考にしてくれることは嬉しいですが、だからと言って参考にしすぎないぐらいが良いと思います」

「そう、なんですか?」

「はい。だから、いくつかの候補を選ぶだけに、抑えておきますね?」


 それは完璧な配慮だ。桃花がこの企画を成功できるように、彼が全力でサポートしてくれるようにしか見えない。


「どうして、そこまでこちらの味方をしてくれるんですか? だって、心配していた方が、あなたにとっては絶対に楽だと思うんです。しかもスタジオ選びだって、あえて口に出さなければ気が付かなかったのに」

「そうしても、よかったんですけれどね」


 アルは薄く笑う。


「でも、僕のことをぐちゃぐちゃにしてくれるって。中百舌鳥さん言ってたじゃないですか、そんなことをいうような人を連れてくる桃花のことが楽しみになってしまったんですよ」


 今までだったら、それがどういう裏に含んだ言葉があるのか、桃花はきっと探してしまっていただろう。

 しかし、そのときの桃花にはそうとは思えなかったのである。

 むしろ、アルが心のそこから楽しみにしているような気がして。どうしてそう思うのかが分からずにまた桃花は首をかしげてしまうのだった。


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