「……なんでこいつおるねん」
「こんにちは、久しぶりですね、中百舌鳥さん」
「えっと……アルのたってのお願いで」
一週間後、結局、綾乃と中百舌鳥京志郎、それからアルの四人で会うことになった。
打ち合わせのためで、桃花の会社の応接室を使うことになっていた。綾乃は別の仕事の打ち合わせがあるからどうしても時間に遅れる、と事前に連絡は受けていて、逆にアルは一時間前には来て、最後の資料の確認なんかも手伝ってくれていた。
そして時間ぴったりに来た京志郎の第一声がこれである。
「願いも何も、こいつがわけわからんこと言い始めたからこないなったんちゃうんか?!」
「ええ、そう、ですよね」
桃花もそれにはなかば同意である。
アルが「櫻木昴」として活動しそうになっているからこそ、こういう状態になっているのだ。だから、そういう恨み事が出てくるのは当然のはずなのだが、それはそれとしてここまでの仕事を手伝ってくれたのもほかではないアルなのである。
だから手放しに否定する事もできなくて微妙な状態に、桃花は陥っていたのだ。
「そうなんですけれど、結構すごいというか……私より正直仕事ができるので」
こうして一週間で打ち合わせが形になると思っていなかった。本来ならば、もっと時間をかけて行うかもしれないと思っていたのに、結局のところアルが事務作業の半分以上を手伝ってしまったのである。
自分ではやった事無いと言っている割には、書類を分けるスピードも尋常ではなかったし、スケジュールの押さえ方なども分かっていた。電話のかけ方だって全くこちらが言わなくても普通に交渉していた。
はっきりといえばできすぎているくらいであった。
「そこまで褒めても何も出ませんよ。あ、これ資料です。ちゃんと枚数分あるか、ご自身でもご確認の方をお願いしますね」
「お、おう」
まだ噛みつこうとする京志郎に対して、淡々と資料を渡してくる。
京志郎の扱い方がわかっているような行動に、桃花も驚いてしまう。
「……えっと、これがその本来の企画書で、こっちがスケジュールか……」
必死に確認している京志郎にアルは薄く笑みさえ浮かべている。
彼がそうして自分のために動くのを楽しんでいるかのような、そんな印象を受ける行動に、 桃花は少しだけ背筋が寒くなった。
(本当は彼が何を考えているのか、実は私にもわかってないんですって言ったら、京志郎さんも動揺するよね……)
自分のことを壊してくる可能性のある人間がいるから打ち合わせに来たい、というのは普通の神経ではない。
それだけでもアルのことを疑いたくなるのに、さらに上機嫌で手伝ってきている。
「……でも、ええんやろうな、こんなネタバレしてしまって」
「というか、えっと、私たちの条件の穴をつかれまして」
書類を確認し終えた京志郎に尋ねられて、桃花は仕方なくネタばらしをすることにした。
「条件の穴? あれは……作戦通りやったやないか」
条件の穴、と聞かされて、京志郎は言葉に詰まったように言った。そして桃花にだけ聞こえるように声を潜める。それに桃花もうなずく。
「そうです。その、私たちが指定した条件っていうのは、『メイク担当に中百舌鳥京志郎を起用すること』『作品のコンセプトについてはこちらに決定権を持つこと』だけじゃないですか……だから、企画会議に全員が同席することっていうのは、アルが決められるわけでして」
「……なんやそれ」
ちなみにアルが事務仕事を手伝うなとも言われていないので、そこも問題ないとアル自身が言っている。
実際には無茶苦茶な話であって、というか、そもそも撮影モデルが事務仕事をするというのもおかしな話ではあるにもかかわらずだ。
「ゴリ押しもええとこやないか、どんな寂しがりやねん、それは」
「いいじゃないですか。こういう雰囲気も久しぶりでしたし」
「うおっ!! 聞き耳たてるな!!」
「それも条件には入っていませんよ。内密の話を僕を抜いて話をしてもよい、なんて言われていませんし」
「……こういう感じで全部が全部、アルが関わってこようとしてしまっていて」
そういうわけで、桃花は半ば一週間、アルと仕事をしているような状態である。
「……なあ、桃花お姉さん、あんまヤバかったらほんまに言うたらええからな?」
そんな桃花のことを心配したように、京志郎が顔を覗き込んで来てくれた。その表情は明らかに、彼女を本気で心配しているようである。
「ま、まあ……いい人ではあるので、今のところは」
実はこの一週間の間に毎日食事に誘われて、それを毎日断っているとは言い切れなかった。
何しろ今時間が欲しいかと言って、彼の機嫌を損ねるわけにはいかないので、適当にあしらって昼食ぐらいは多少食べてはいるものの。最後の夜は絶対に。一緒に食べようとはしなかった。そうしなければ覚悟が鈍ってしまう気がしたからだ。
「櫻木昴」としての写真集を発売させてはいけない。
それだけは桃花のゆずれないものだったからである。
「そんなに心配しなくても、本当に僕たちは何もありませんから」
また穏やかな顔でアルが付け加えた。
「それに衣装がかりの人がまだ来て無いのであれば。なんでしたら、ついでにメイクの練習でもしていきますか?」
「あ? 何言うてんねん、自分」
その瞬間、京志郎の気の抜けかけた瞳の中に炎が灯ったような気がした。