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第85話 伝えた想い

 温泉を出て、木造の橋と階段が連なった裏庭へと出る。


 小さな水音と緩やかな風の音だけが響く、物静かな庭園。


 そんな、人を落ち着かせる場所にいるにも関わらず。俺の心臓はざわついたままだった。


「ね、ねぇゆーし? 周り、人いなくなったよ……?」


「ああ、そ、そうだな。これ以上奥には行かなくていいか」


 握られていた手のひらに少しだけ引かれて、人のいないところまで来ていたことにようやく気づいた。


 ぼんやりとした明かりだけが照らす、涼やかなこの場所で。俺は、今から────


「あ、手。握ったままで、いいよ。握ったまま……聞きたい」


「……そう、か」


 向かい合って気持ちを伝え合う。そんな場だから、手は一度離そうと思っていたのだが。


 由那は、それを察したのか。握る手の力を強くした。


 他ならぬ彼女の頼みだ。俺は従うしかなく……なんて言い方をしたら嫌がっているみたいか。彼女の意思を尊重して、そのまま。秘めていた気持ちを話すことに決めた。


「じゃあ……聞かせて? ゆーしの、伝えたいこと」


 すぅーっ、と。大きく息を吸って、吐く。


 呼吸を整えて、少しずつだが。周りの音が静かなこともあってか、心が凪いでいく。


「落ち着いて、ね? 私はゆーしが何を伝えてくれても、絶対に離れたりしないよ」


 ああクソ、情けないな。


 不安な気持ちが漏れ出してる。それを由那に察知されてる。だから……励まされた。


 情けない。いつも引っ張ってくれるのは由那で、俺は彼女の気持ちに甘え続けている。


 男として情けない。寛司の言う通り、本当に腰掛けでチキンなんだな、俺。


「やっぱり……由那には敵わないな。本当はかっこよく、言いたかったのに」


「ふふっ、それがゆーしだもん。ゆーしは鈍感さんで、ちょっと頼りなくて。でもふとした瞬間に私をドキドキさせてくれる、かっこいい人で。私が五年間追いかけ続けた人は……そんな、男の子だから」


 手から伝わる体温が、みるみるうちに熱くなっていく。


 ふとした瞬間にドキドキさせられるのは、俺もだ。


 甘えんぼなところが好きだ。寂しがりやで、少し面倒臭いところが好きだ。子供っぽいままのくせに、ムカつくくらい可愛いところが好きだ。好意を素直に伝えてくれて、隣を歩いてくれるところが好きだ。


 いつもドキドキさせられてばかりで、特に由那を好きだという気持ちに気付かされてからは。もう好きが止まらなくて、どうしようもないくらいにいつも彼女のことを考えている。


 幼なじみとして。一人のクラスメイトとして。このまま彼女と過ごす日々は、きっと幸せなものだろう。毎日一緒に登下校して、遊んで。たまに由那の家で勉強して。デートして。


 でも、俺は我儘だから。それでは足りなくなってしまった。


 由那の隣を、恋人として歩きたい。この溢れんばかりの好きを毎日伝えて、今以上に彼女を愛したい。


 好きだ。江口由那という、一人の女の子が。俺はもう、狂おしいほどに大好きなんだ。


 誰にも渡したくない。独り占めしたい。コイツは俺のものなんだって、他の誰かが付け入る隙を与えないような毎日を送りたい。


 だから────


「由那。俺は……」


 受け入れて欲しい。この気持ちを。


 独りよがりな、どうしようもない好きを。





「お前のことが、好きだ。好き好きで、もうどうしようもなくなってる。だから……俺と、付き合って欲しい」

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