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第115話 覚えてしまった味

 一瞬だ。それは何の一瞬の出来事。


 いつもする唇を合わせるだけのキスではない、もう一段階上の。舌同士を絡ませる、大人のキス。


 俺たちは今、確かにその一端へと足を踏み入れた。舌の先端が触れ合い、一滴の唾液が伝う。あまりに大きすぎる、新たな一歩。


「っ……っっう!!」


「ご、ごめ! 油断して……っ!!」


 衝撃のあまり上半身を起こして、壁側に寄る。同時に布団が半分ほど捲れると、明るい視界でこれまでに見たことがないほど顔から耳で全部真っ赤にした由那が、口をパクパクとさせて固まっていた。


 まるで、快楽中枢を思いっきり刺激されたかのように感じるほどの感触。ピリピリと頭の中に電撃が走っていて、今も視界が少しクラついている。


 これまで何度も、何度もしてきたキス。例えそれと延長線上にあろうとも、これの一撃の威力は比にならなくて。心臓が飛び出そうなほど激しく躍動を繰り返す。


「い、今……頭、ピリッて。何、今のぉ……」


 未だ実感が得られないらしい由那はというと、その身体をゆっくり起こしてまたはいいものの。俺の目をじっと見ながら混乱状態である。


 当然だ。俺だってまだ何が何やらで頭がこんがらがっているし。


 けど、確かに俺達は今してしまったのだ。


 舌を使う……大人のキスというやつを。


「普通のキスと、全然違う。こんなの知っちゃったら、絶対変になっちゃうよ……」


「そ、そう……だな。流石に今のはヤバかった。俺も、おかしくなりそうなくらい……」


 確実に頭が覚えてしまったその″味″は、まだ俺達には強すぎて。


 俺が告白して、由那がキスをしてくれたあの日。俺達はもう一度、と二度目をすぐに行ったものだが。


 今回のはそういうわけにはいかない。どちらもまだたった一度、それも不完全なものをしただけでも余韻で身体が限界まで火照り、おかしくなりかけている。


 とてもじゃないが、お互い二回目を提案できる精神状態ではなかった。


「ゆ、ゆーし成分、摂取しすぎだよぉ。うぅ、こんなに凄いなんて、知らなかった……」


「だ、だな。俺達にはまだ、早すぎたかも」


「したくない、ってことじゃないんだよ!? ただその……このやり方でゆーしのしゅきを貰っちゃったら私、絶対何も考えられなくなるから……」


「分かってる、分かってるよ。俺も同じ気持ちだから。これはまだ、封印してような」


「うん……」


 見つめ合って、真っ赤っ赤な顔を見せるのが恥ずかしくなってすぐに目線を逸らす。


 きっと由那だけじゃなく、俺も同じような顔をしてしまっているのだろう。これほどまでに顔に熱が篭ったことなどこれまで一度もなかった。


 過剰摂取だ。由那成分を一気に摂りすぎた。きっとそのせいで今、身体がバグってしまっている。


「でも……いつかは絶対、またもう一度。シようね?」


「勿論だ。できる身体になるよう、もっと慣れないとな」


「そ、そそそーしよ! よぉし、これからはもっと甘えちゃうぞぉ! キスもいっぱい、今まで以上にしちゃう!!」


「お、俺も。身体を慣らしていつかまた、もう一度できるように……っ!」


 きっとこの味を知るには、俺達はお互いのことを好き過ぎる。


 これを次に味わうために好きを減らさなければいけないという意味ではない。ただ好き過ぎるが故にこれ以上の愛情を受け入れるキャパシティが、お互いにまだ存在していなかった。たった、それだけのことだ。


 だから、この激薬は一旦封印しよう。そして次、またいつか。それはすぐかもしれないし、かなり先かもしれないけど。お互いに今以上の成分を摂取できるようになれたならその時は。


 目一杯、これを受け入れたい。堪能して、味わいたい。


 そのためにまずは日々のイチャイチャを大切にして、受け入れられる身体を作らないとな。


「あ、暑くなっちゃった。もうごろごろイチャイチャは一旦休憩にしよっか?」


「俺も疲れた。ここからは甘々度抑えめでよろしく……」


「え、えっへへ。それはどうかにゃぁ」


 全く懲りない奴だ。まあ、別にいいけど。


「ね、ゆーしっ。もうちょっとイチャイチャしたらそろそろ憂太のところ行こっか。久しぶりに三人で遊ぼ?」


「……そう、だな。久しぶりに、か」





 ベッドの傍らで一息つきながら、俺達はそうやって。もう少しだけイチャイチャを実行することに決めたのだった。

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