「あ、まり……」
「人違いですぅ!」
「え?」
学校での休み時間。まりに聞きたいことがあって話しかけたのだが、なぜかよくわからない単語を吐き捨てながらどこかへ去ってしまった。この前のお出かけの時に私がまりに「好き」と言ってしまったから、気まずくなる気持ちはわからなくもないけど。
あからさまに逃げられるとちょっとヘコむ。それにしても人違いって……学校で、しかもよく知ってる人に言われるなんて不思議な気分だ。もっとマシな言い回しはなかったのだろうか。声をかけた相手は間違いなくまりだ。いつも話しているのに間違えるわけがない。
「うーん、どうしたものかなぁ」
あんなに意識されたら、私もどう接していいかわからない。いつもなら追いかけるところなのだが、私が追いかけたところでまりはさらに逃げるだけだろう。次の授業もこの教室で行われるから、待っていればそのうち帰ってくるに違いない。そう結論付けて自分の机で本を読んでいるのだが……
「……あれ?」
チャイムが鳴っても、まりが帰ってくる気配がない。まさかこのまま授業をサボるつもりだろうか。優等生のまりがそんなことをするはずがないのに。そんな私の思いに反して、先生が来てもまりが戻ってくることはなかった。まさかそこまで避けられるとは。さすがにヘコむ。
結局その日はその授業以降まりが姿を現すことはなかった。授業のわからなかったところを聞こうと思っていたのに。
「ま、まあ、明日になったら元に戻ってる……よね?」
しかし、そんな私の脳天気な考えを打ち破るように、次の日は学校にすら来なかった。どうやら本格的に避けられているらしい。さすがにここまでくると私のメンタルも危うくなってくる。そんなに私に好きと言われたのが嫌だったのだろうか。
それから数日後、まりはやっと学校に現れたのだが……なんだか様子が変だった。なんというか、距離が遠いのだ。私が話しかけようとしても、顔を背けられるか距離を置かれる。そんなことを繰り返していくうちに、私のメンタルゲージがいよいよゼロに近づいてきた。
「ええい! ここまで来たらまりが嫌ってようが知るもんか! 避けてる理由を聞き出してやる!」
避けられ続けて、私もおかしくなっているのだろう。気づいたら椅子から勢いよく立ち上がってその勢いのまままりに話しかけていた。
「まり!」
「ひっ!」
まりは私が近寄るとすぐに距離を取って教室から出ていこうとする。でも、ここで引き下がるわけにはいかない。
「待って!」
「な、なによ? あたしは話すことなんて……」
まりは怯えたように後ずさりながら私に言う。その態度がさらに私の神経を逆なでした。
「なんで私のこと避けてたの?」
「……っ」
「ねえ、なんで?」
私が詰め寄るとまりはさらに後ずさる。でも、教室の壁が背中に当たり、これ以上まりは後ずさることができない。私はまりの逃げ場を塞ぐように壁ドンした。当然……というか意外というか、まりの顔は真っ赤になる。
まりは顔が真っ赤なのをごまかすように私の顔から視線をそらす。私はそんなまりの顔を無理やり自分の方に向けると、そのまま至近距離でまりを見つめた。そうすると観念したかのように、ようやくまりが口を開いた。
「……あの時から、かなの顔……まともに見れなくなっちゃって……」
「え? なんで?」
まりが視線をそらしながらそんなことを言うので、私はつい聞き返す。いや、理由はだいたい予想つくけど。
「だ、だって……好きって、言われたら……意識しちゃうから……」
まりが赤い顔を逸らしながらそう言う。どうやら私の予想は当たっていたらしい。まりの顔がどんどん赤くなっていくにつれ、私の思考はどんどん冷めていく。それはきっと……〝そういうこと〟なのだろう。
「……あのねまり。私はシマウマより好きだって言いたかっただけで、まりが避けるようなことではないと思うんだけど」
「……はぇ?」
私の言葉に、まりは最初きょとんとしていた。しかし、すぐに私の言葉の意味を理解したのか、顔をさらに真っ赤にして私に詰め寄る。
「な、ななな!? あんたあたしを騙したの!?」
「いや、勝手に勘違いしたのはそっちでしょ……」
「う……そ、それはそうだけど……」
まりはしおらしくそう言う。そういえば、まりは昔から思い込みが激しいところがあったなと私は思い出した。まあ、今回は勘違いさせた私の言い方も悪いけど。
「まったく……勝手に嫌われたかと思ってショックだったよ」
「う、ごめん……」
私の言葉でまりはさらにしゅんとする。そんな顔させたかったわけじゃないんだけどな。私はまりの頭を撫でる。
「……まあ、でも」
「?」
「意識してくれたなら……嬉しいかな」
私がそう言って微笑むと、まりはまた顔を真っ赤にする。そして、私の制服の裾をギュッと握った。
「……ばか……」
そう呟くまりの顔は、やっぱり真っ赤で。その顔を見てると、私もなんだか恥ずかしくなってくる。まりは私の顔を見るのが恥ずかしいから、としばらく私の制服の裾を掴んでいたのだけど……なんだかそれすらも可愛く見えてきてしまって。つい私はその手を取ってしまった。
それでようやくまともに顔を見ることができるようになったのか、まりは少し照れ臭そうにしながらも笑顔を見せてくれる。そんな笑顔を見てしまうと、またもっと意識してしまうわけで。私もつられて赤面するのだった。
「今日は学校帰りどっか寄る?」
「かなの奢りなら行くわよ」
「うわー、まりがかわいくない」
「なによ、かわい子ぶってほしかったの?」
「そういうわけじゃないけど……いいよ。まりと一緒に遊びたいし」
私がそう言うと、まりは照れくさそうにそっぽを向く。でも、握った手は振りほどこうとはしなかった。
「まったくもう……」
まりはそれだけ呟くと、私の手を引いて教室を出ていく。私も引っ張られるがままにまりについていくのだった。最近まりに避けられていたから、一緒にいる時間が減ってしまっていたのだが……やっぱりまりと一緒にいると楽しい。今日はどこに行こうかな。