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第44話 聖母まりん

「みんなー、はじまりかめーん。今日はまたまりんちゃんに誘ってもらってゲーム配信することになったよー」

『えへへ、けーちゃんにオススメの恋愛シュミレーションゲームを送ってみたんですよ。えっちな要素も少ないのでけーちゃんにも楽しんでいただけるかなと!』

「そ、それは親切にどうも……」


 いつも通りの挨拶、そしていつも通りの茶番を見せつける。それでもリスナー達は喜んでくれるようで、いつものように【けーまりてぇてぇ】と言ってくれる。そんないつも通りの配信がなんだか嬉しい。

 この前まで私とまりはしばらくいつも通りとはいかない状態だったから。どんなカタチであれ、いつも通りという日常が嬉しかった。


『じゃあさっそくプレイしていきましょ。このゲームは女の子をただ攻略すればいいというわけではなく、女の子同士の友情とかが大きなポイントとなってるゲームなんですよ』

「ハーレムエンドに持っていこうとしても、女の子同士が険悪だと最悪のバッドエンドになるんだよね」

『そうですそうです! 女の子達の仲も取り持ちつつ恋愛を育んでいくゲーム……なかなか奥が深いでしょ?』


 まりんが楽しそうにゲームの説明をしてくれる。その笑顔につられて私も笑顔になってしまう。やっぱりまりんとのゲーム配信は楽しい。そんな私たちの笑顔と楽しいという感情が伝播したのか、コメント欄も【まりんちゃんいつもより生き生きしてて草】とか【二人が楽しそうでなにより】といったような元気で前向きな文字で溢れていた。

 ところで、まりんの基準でえっちな要素が少ないとはどれほどのものを指すのだろう。それだけが少し怖い。アカウントがBANになるほどのゲームは持ってこないとは思うけど、それでも何が起こるかわからないのがギャルゲーの怖いところである。


『それじゃ、始めていきましょー。けーちゃんに女の子を攻略してもらいますよ』

「が、頑張ります……」


 そんなこんなで始まったギャルゲー配信。結構身構えていたのだが、主人公がヒロインの誰かに助けられるという回想シーンから始まった。そのヒロインは黒い影みたいになっていて顔や特徴がわからない。だけどどうしてもお礼がしたい主人公はその子を見つけるために奔走するというストーリーらしい。


「へぇ……ただ恋愛したい、ハーレムを作りたい、みたいな感じとは違うんだね」

『……けーちゃん、ギャルゲーをなんだと思ってるんですか』


 まりんの鋭いツッコミをスルーしながら、着実にチュートリアルを進める。そしてようやくヒロイン紹介画面に入る。そこには五人のヒロインの姿が映し出されていた。

 この子達はただ恋愛するという目的のための道具ではなく、ちゃんと生きている。そんな印象を受けた。ゲームの中のキャラクターだし、「生きている」という表現は適切ではないかもしれない。それでも、ただ恋愛がしたいからというだけのギャルゲーとは違うように思えた。


「なんか……素敵だね。ゲームキャラに感情移入しすぎるのはよくないかもしれないけど、みんなちゃんと生きてるんだなって思う」

『うんうん、けーちゃんもそう思ってくれてよかったです。で、最初のルートは誰を選びます?』


 最初のルート選択。私は迷うことなくとあるキャラを選ぶことにした。それはヒロイン達の中でも一番幼い姿をした女の子だった。


「この子ちょっと気になるんだよね」

『へぇぇ、なるほどなるほど。けーちゃんもなかなかやりますねぇ』

「え、どういう意味?」

『ふふん、内緒ですよー』


 まりんの含みのある言い方に少し気になるが、それよりも今はこのゲームをプレイする方が大事だ。私はその女の子のルートを進める。

 どうやらその女の子は孤独に過ごしてきた子らしく、人との接し方がわからないらしい。そんな彼女が主人公の優しさに触れて惹かれていく……そんなストーリーだった。


「なんだか泣けてきちゃったな……」

『え、もう?』


 私はその女の子のルートをプレイしながら、自分の境遇と重ねていた。私も前世で社会人になってからずっと孤独に生きていたから。唯一の友だちのまりとは高校卒業とともに疎遠になり、幼なじみのしおりお姉ちゃんとは一人暮らしのために家を出てから会うことはなかった。だから、このゲームの中の女の子が孤独に過ごしてきたという話は、私の境遇にとても似ている。


「なんだか昔の私みたい」

『え?』

「私ね、友だちが少なかったんだよね。ずっと一人ぼっちだったんだ。だからこのゲームの女の子が昔の私みたいに思えちゃってさ」

『けーちゃん……』

「あ、ごめんね! こんな話されても困るよね!」


 私が珍しく辛気臭いことを言ってしまったからなのか、コメント欄も【え?】【けーちゃんもそうだったんだ】【俺らと一緒だったのか】などなど困惑や心配に近い声が多くあがる。いけない、辛気臭くなってしまった。こんなのをリスナーに見せるわけにはいかないのに……私ってばなにをやってるんだろう。


『大丈夫ですよ、けーちゃん』

「……まりんちゃん?」


 私が一人落ち込んでいると、まりんが優しい声をかけてくれた。その声色はいつもの明るくて元気なまりんではなく、どこか大人びていて包容力があった。そしてそんなまりんの優しい声が私の心に届く。それはまるで私の全てを……いいところも悪いところも包み込んでくれるような、そんな声だった。


『あたしは知ってます。けーちゃんが優しいこと。けーちゃんがあたしのことを大切に思ってくれてること。そして、友達が少なくても……ううん、少ないからこそ誰かを大切に思えるんだって』

「まりんちゃん……」

『だから大丈夫なんですよ。どんな人生だっていいじゃないですか。大切なのは過去じゃなくて今と未来なんですからね』


 私の全てを肯定して包み込んでくれる言葉。それがとても嬉しくて、思わず涙ぐんでしまった。そんな私を見てか、コメント欄も【てぇてぇ】や【ありがとう……ありがとう……】【けーちゃん、俺たち友達だよな! な!?】といった一見いつもと変わらないような内容に思えるけど、じんわりと心に響く温かさのようなものを感じた。

 私は今、たくさんの人に愛されている。その事実がなんだかくすぐったくて、だけど嬉しくて。私はゲームをしながら自然と微笑んでいた。そんな私を見てかまりんもどこか照れ臭そうに笑っているようだった。


『それじゃあ、続きをプレイしていきましょー!』

「そうだね! よし、今日も頑張るぞ!」


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