「あ、ナズナちゃんが大きな犬に追いかけられてる!」
『もはやどんな状況なのか……ゲーム勧めたあたしにもわからなくなってきましたよ』
ヒロイン同士の絆も重要になってくるギャルゲーに挑んだ私だったが、ゲームを進めるにつれギャグ要素が多くなっていってツッコミどころ満載だった。最初こそ孤独なヒロインの回想シーンやシリアスな掛け合いが多かったのだが、このルートの攻略対象――ナズナを他のヒロインと仲を深めるように進んでいくとなぜかコメディチックになっていく。そして今、ナズナは他のヒロインの飼い犬であるシベリアンハスキーに追いかけ回されている。
ハスキーは社交的で人懐っこいと言われているから、多分これもじゃれているだけなんだろうけど……ナズナちゃんが小柄なのもあり、はたから見たら襲われているようにしか見えない。どうもナズナちゃんは動物に好かれやすいようで、肩に鳥がとまったりいつの間にか猫が寄っていたりする。
「この子……というかこのゲーム大丈夫かな……」
『まあ、シリアス展開大好き民は死ぬかもですねー。ふふふ』
「うっ……最初のナズナちゃんの孤独シーンめっちゃよかったのに……!」
ナズナちゃんの孤独で儚げな雰囲気に、私はすっかりやられてしまっていた。それなのに、どうしてこうなってしまったのか。私は目の前でハスキーにべろべろ舐め回されるナズナちゃんを見ながら軽い絶望を味わっていた。
『あ、でもほら。あの子友達になってくれそうですよ』
「……ほんとだ」
いつの間にかナズナちゃんは、追いかけてきたハスキーの飼い主である少女と仲良くなっていた。その少女も攻略対象のヒロインで、底抜けに明るい性格の持ち主だ。ナズナちゃんの引っ込み思案とは対照的で、ナズナちゃんを外に連れ出すきっかけを作ってくれたのもこの少女だった。名前はビオラと言うらしい。
「なんか……見た目からして正反対だね」
『それがいいんじゃないですか! 対照的な二人が織り成す歪でそれでいて美しい関係! たまりません!』
「……これ、ギャルゲーだよね?」
いまいち主人公が置いてけぼりというか、もはや空気にすらなっていそうな気がする。ヒロイン同士の関係性を良好にする方が、攻略する上でプラスになると言われていたのだけど。なぜかリスナー達もヒロイン同士の掛け合いの方が盛り上がっているようにも見える。【ビオナズてぇてぇ】や【っぱ百合だよなぁ!?】などリスナー達のコメントもギャルゲーというよりナズナちゃんとビオラちゃんをくっつけようとするコメントが増えてしまっている。
そもそもこのゲーム、百合ゲーじゃなかったはず。ギャルゲーで、男の子目線で女の子達と恋愛をしていく……はずなのだ。でも確かに、ナズナちゃんとビオラちゃんが仲良くしている姿は見ていて微笑ましいし癒やされる。
「まあ、百合ゲーでもいいか」
『いいんですよ! ナズナちゃんとビオラちゃんは公式が認めたカップリングなんですから!』
「公式が認めちゃったの!?」
それはもうギャルゲーではないのでは。それから、私はひたすらナズナちゃんとビオラちゃんをくっつけるためのギャルゲー……もとい百合ゲーを進めていく。途中なにをやっているんだろうと虚無になりながらも、リスナー達のコメントに背中を押されつつどうにかこうにかルートを進めていく。
『あっ、ナズナちゃんがビオラちゃんをデートに誘うみたいですよ! ほらほら、背中を押してあげてください!』
「なんで私……主人公が背中を押す係になってるの!?」
『もうそういうルートに入っちゃってますし』
「ぐぬぬ……主人公が可哀想すぎる……」
こうして主人公は、ナズナちゃんとビオラちゃんのデートを影から見守るという謎の役目を強制的に引き受けることになってしまった。一歩間違えたらストーカーだ。本当になんなんだこのゲームは。
「ギャルゲー……なんだよね?」
『ギャルゲーですよ! でもナズナちゃんとビオラちゃんをくっつけるためのギャルゲーです!』
「それもうギャルゲーじゃないよね!?」
『細かいことはいいんですよ』
細かいことではない気がするけど、もう諦めることにした。主人公が空気ということとカオスシーンを除けば割とよく出来てると思う。ナズナちゃんとビオラちゃんの掛け合いは可愛いし、百合百合している様子は微笑ましい。ギャルゲーとして面白いかどうかはさておき、私は少しだけこのゲームを気に入っていた。
そうしてストーリーを進めていって、ついにクライマックスの時がきた。ナズナちゃんがビオラちゃんに本当の思いを伝えるシーン。主人公である私は、主人公としてナズナちゃんの背中を押す役目を担っている。
「この選択によって、二人の未来は変わるんだよね?」
『はい! でもどっちを選んでもハピエンですからご安心を!』
「わかった。それじゃあ、押すね」
私は主人公のアイコンをクリックして、ナズナちゃんの背中を押した。すると画面が切り替わり、ナズナちゃんがビオラちゃんに本当の思いを告げるシーンが流れ始めた。ゲームだと分かっていても心臓の音がうるさいくらいに響くのは何故だろう。
そしてついに……その時がやってきた。ナズナちゃんはビオラちゃんに本当の思いを告げる。そしてビオラちゃんもまた、それに答えるのだ。
〈私も、ずっとナズナちゃんが好きです〉
その言葉を聞いた途端、私の胸がどきりと跳ねる。それを言われたのは自分ではないのに……なぜか私まで告白をされたような気持ちになってしまった。画面の中の二人は幸せそうに笑い合っていて、私はそんな二人を見て思わず涙ぐむ。
「よかった……本当によかったね……! ナズナちゃん……!」
『もう、そんなに泣いちゃって。大袈裟ですよ』
「だって……あまりにも尊くて……」
『ふふ、確かに感動的なシーンでしたけど』
それからナズナちゃんは、ビオラちゃんと晴れて恋人同士になった。百合ゲーと化してからはただ二人のデートを眺めるだけだったが……それでも二人が結ばれて本当に良かった。
ギャルゲーのエンディングでは定番であろう告白シーンが流れ始めた。主人公ではないはずの私まで胸が高鳴る中、私は食い入るように画面を見つめる。そしてついに、二人は結ばれたのだ。
〈これからもずっと、一緒にいようね〉
その言葉で締めくくられてゲームが終わった。私は余韻に浸りながら、このゲームを勧めてくれたまりんに感謝した。こんなにもゲームで感動することがあるなんて思わなかったから。恋愛については何もわからないままだけど、それでも誰かを想う気持ちは尊いものだと教えて貰えたような気がしたのだった。