「そういえば、しおりお姉ちゃんって恋人いたことってあるの?」
「と、唐突だね……」
謎のギャルゲーをプレイし終えた翌日。唐突にしおりお姉ちゃんと話したくなり、家に忍び込んでいた。私の侵入はすぐにバレて呆れられたけど。
「うーん、でもどうかなー。ボクは自分の好きなことにしか興味ないからなぁ」
「それって絶対いないって言ってるのと同じなんじゃ……」
「いやそれがさぁ、もしかしたらどうでもよすぎてボクが忘れてるだけであるかもしれないなって」
「どうでもいいって言いきられてるの可哀想すぎる……」
私はいるかいないかわからないお相手さんに同情した。それにしても、しおりお姉ちゃんがキッパリと「いた事がない」と言わないことに少し驚いた。しおりお姉ちゃんはあまり他人に興味ないから、そういう存在は作らないと思っていたのに。まあ、いたかどうかはわからないんだけども。
今いないのはさすがにわかる。大学が忙しいのと私の夢の手伝いで手一杯になっているから。そんなしおりお姉ちゃんの数少ない興味ある他人になれていることが少し優越感を覚える。
「じゃあしおりお姉ちゃんが恋人に求める条件ってあるの?」
「ボクが恋人に求めてること……?」
私がそう言うとしおりお姉ちゃんはうーんと悩み始めた。恋人に求める条件は、やはり顔とか性格とか年齢とかだろうか? でもしおりお姉ちゃんならどんな人でも釣り合う気がする。しおりお姉ちゃんは美人だし、スタイルも性格もいい。唯一欠点があるとすれば、わかりやすく好きと言わないところか。しおりお姉ちゃんは恋愛とか、他人に対する興味があまりない。そこは私と同じなのだろう。私も恋愛事はさっぱりだ。
「相手に求めるものはないかなー。大抵のことなら自分でできるし」
「さ、さすがしおりお姉ちゃん」
「でも、そうだなー。強いて言うなら……」
しおりお姉ちゃんはそこで言葉を切って、私を見た。そしてニッコリと微笑んで言う。
「ボクの大事なものを大事にしてくれる人がいいかな」
そう言ってしおりお姉ちゃんは私の頭をポンポンと撫でた。しおりお姉ちゃんの大事なもの……それがなんなのかはわからないけど、なんだか妙に撫でられた部分が心地よかった。しおりお姉ちゃんの撫で方は、まるで私の心を落ち着かせてくれるような、そんな癒し効果があるのかもしれない。
「そういうかなちゃんは恋人に求める条件はあるの?」
「私?」
聞き返されると思ってなかったので、少し返答に困る。そもそも恋愛自体してきたことがないから条件なんて考えたことがなかった。恋愛に憧れてもなかったし、同世代の女の子が「クラスメイトの中で誰が一番かっこいいか」という論争をしていた時もまるで興味がなかった。少女マンガの胸きゅんシーンとかも響かなかったし、男性アイドルの名前もまともに答えられないレベルだ。だというのに、なぜかすぐに答えが思い浮かんだ。
「私の活動を支えてくれる人がいいかな」
「へえ、それはまたどうして?」
「夢に真剣でいたいし、いつでも最高のパフォーマンスがしたいから」
私はVTuberを本気でやっている。ゲームも雑談もまだまだだけど、それでも全力で頑張っている。頑張るのは嫌いじゃないし、応援してくれるファンがいるからもっともっと頑張れる気がするのだ。そんな活動を取り上げられてしまったら、私は生きていける気がしない。
推しに近づきたくて、推しに会えるかもしれないと思って始めた活動だったのだが……いつの間にか私の中でそれが変化していたのだ。もし推しに会えなくとも、私はこの活動を続けていくだろうと確信が持てる。そこまでVTuber活動が大事なものとなっていった。
「ほんと、かなちゃんはかっこいいなぁ」
「しおりお姉ちゃんには負けちゃうよ」
「いやいや、ボクはそんなことないよ」
そうは言うが、私はしおりお姉ちゃんの方がかっこいいと思っている。元々憧れのお姉さんだったこともあるが、それだけじゃない。私が辛い時や挫けそうな時に、ずっと支えてくれていたのはしおりお姉ちゃんだ。迷子になった自分を見つけてくれた時も、自分の夢を支えたいと言ってくれた時も、昔も今もかっこよくて本当に大好きだ。
「しおりお姉ちゃんは私の憧れだよ」
「それは嬉しいなぁ」
しおりお姉ちゃんはそう言ってまた私の頭を撫でた。私はその心地よさに身を委ねる。この時間が永遠に続けばいいのにと、いつも思う。でも時間は止まってなんてくれなくて、幸せだと思ったものほど一瞬で終わってしまう。だからこそ、その一瞬を大事にしなくてはいけない。
「へへー、しおりお姉ちゃんの手あったかーい」
「はいはい。かなちゃんはまだまだ子供だね」
「えー、そんなことないよぉ」
私は子供扱いされたことに不満を持ちながら頬を膨らませる。でもしおりお姉ちゃんに頭を撫でられるのが好きな私はすぐに許してしまう。なんだかんだでいつもこうしてるしおりお姉ちゃんのペースに乗せられてしまうのだ。しかしそれが心地よくて幸せなのでやめられない。
「しおりお姉ちゃん、私頑張るから」
「うん、応援してるよ」
しおりお姉ちゃんはニッコリと笑って言った。まるで「かなちゃんならできるよ」とも言ってくれているような気がして、私はもっと頑張ることを心に誓う。私はきっと一人だとここまで来られなかった。しおりお姉ちゃんがいて、そのしおりお姉ちゃんが手を貸してくれたからこそ歩めた道だと思う。
まりんと同じく、しおりお姉ちゃんに抱いているこの感情に確かな答えは出せない。だけど、この温かさは私にとって大切なものだとわかる。しおりお姉ちゃんが私の支えでいてくれるように、私もしおりお姉ちゃんを支えていきたいと心の底から思う。
「あ、そうだ。また今度料理作らせてよ! また忙しい時期に入るでしょ?」
「まあ来週からレポート地獄になるけど……いいの?」
「うん! しおりお姉ちゃんに恩返しさせて?」
「そう……じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
私がそう言うと、しおりお姉ちゃんは嬉しそうに笑った。その笑顔を見て私も嬉しくなる。今度は何の料理を振舞おうか。それを考えるだけでも胸が躍った。