「お邪魔しまーす」
「お、今度はちゃんと玄関から入ってきたね。えらいえらい」
「もう、私のことなんだと思ってるの」
適度に心地いい気温の昼下がり。風もなく外で日向ぼっこをすれば間違いなくぐっすり眠れるだろう時間に、私はたんまりと具材を抱えながらしおりお姉ちゃんの家へ遊びに来ていた。遊びに来たとは言っても、しおりお姉ちゃんに美味しい料理を振る舞いたい思いで訪れたのだ。……この前は窓から忍び込んで珍しい悲鳴が聞けたのだけど。
「今日は何作ってくれるの?」
「親子丼にしようかなって。あとはきゅうりの浅漬けと五目サラダ買ってきたよ」
「おー! 美味しそうな組み合わせ! 早く作って!」
「わ、わかったから落ち着いて……!」
しおりお姉ちゃんは料理のことになると少し子供っぽくなる傾向がある。いつもの頼れるかっこいいしおりお姉ちゃんも好きだけど、これはこれで可愛い。
手を洗ってエプロンを着け、待ちきれない様子のしおりお姉ちゃんに早く座ってと促して調理に入る。まずは鶏肉に火を通して……
「……」
「……?」
親子丼を作る作業に取り掛かる私の背後で、しおりお姉ちゃんがじっと眺めていることに気付いた。
「……どうしたの?」
「いや、なんかいいなーって」
「料理作るの見てて楽しいってこと?」
「それもあるんだけど、なんか幸せだなって」
「しあわせ……?」
しおりお姉ちゃんが何を言いたいのかよくわからなくて、思わず首を傾げてしまう。料理に幸せとかあるのだろうか。食べている時ならまだわかるけど、作ってもらう時にその感情が出てくるのはどうしてだろう?
「うん。かなちゃんと一緒にご飯食べるの、私にとっては幸せだからさ。料理する側じゃなくて食べる側のボクでも、かなちゃんの料理してる姿見てたら幸せな気分になれるんだよね」
「しおりお姉ちゃん……」
「かなちゃんがボクのこと思って作ってくれるってだけで嬉しいし!」
そう言って満面の笑みを見せるしおりお姉ちゃん。やっぱりこの人はずるい。私が欲しい言葉を欲しい時に口にしてくれる。
私だってそうだよ、としおりお姉ちゃんに伝えたくなる。しおりお姉ちゃんと食べる食事が幸せだから、私もそれが嬉しくて美味しい料理を作ることが出来るんだと。でも、なんだか照れくさくて声が出ない。
「ふふっ」
だから代わりに、精一杯の愛情を込めて微笑んでみせる。美味しいものを食べてもらいながら、一緒に幸せになれるように。
「しおりお姉ちゃん、もうすぐ出来るから待っててね」
「……うん!」
私の笑顔を見てしおりお姉ちゃんも笑ってくれた。それだけで胸がいっぱいになる。しおりお姉ちゃんが幸せなら私も幸せ。
……だから、私は料理を作るのが大好きなんだ。しおりお姉ちゃんに美味しいって言ってもらえるのももちろん嬉しいけど、何よりしおりお姉ちゃんを幸せに出来るから。これからもずっと、しおりお姉ちゃんに幸せを届けていきたい。
「……あ、そうだかなちゃん。ちょっとお願いがあるんだけどさ」
「ん?」
親子丼が出来上がった頃、何かを思い出した様子のしおりお姉ちゃん。お願いって何だろう? 料理はもう作ってあるし、付け合せもちゃんと用意した。何か足りなかっただろうかと思考を巡らせる私に、しおりお姉ちゃんが告げたのは。
「ボクの専属シェフになってくれない?」
「え……?」
専属シェフ。つまり、しおりお姉ちゃんが私の料理を食べ続けたいと言ってくれたということ。その提案自体は嬉しいけど、専属シェフだなんて私には荷が重い。
「報酬はちゃんと出すし、かなちゃんの活動の邪魔にならない範囲でいいからさ」
「……!」
ちゃんと私の懸念点である活動への支障にも配慮してくれた。そう言ってもらえるだけでいくらか心は揺らいだが、それでも私はすぐに了承は出来なかった。
「で、でも私なんかじゃ……」
「こんなことかなちゃんにしか頼めないしさ、それにこのレポート地獄の一週間だけでいいから……だめかな?」
上目遣いでお願いされる。昔からこの目には弱いのだ。私が断れないようにする天才だと思う。まあ私としても大好きなしおりお姉ちゃんにたくさん料理を振る舞えて、たくさん傍にいられるのなら願ったり叶ったりだ。
それに、しおりお姉ちゃんへの料理を活動にも活かせるかもしれないし。久しぶりに料理配信をしてみよう。最近は活動も固定化してきて真新しいものに挑戦するというよりは、歌枠やゲーム実況などある程度配信するジャンルが固まってしまっていたからいい刺激になるかもしれない。私にとってもリスナー達にとっても。
「……わかった。しおりお姉ちゃんがそこまで言うなら、専属シェフになるよ」
「やった! ありがとーかなちゃん!」
嬉しそうに抱きついてくるしおりお姉ちゃんを受け止めながら思う。私はこの人に一生敵わないんだろうなと。だってしおりお姉ちゃんはこんなにも暖かくて柔らかい。彼女の腕の中はとても幸せな気持ちになれる。例えどんな願いであっても、大抵のことなら聞き入れてしまうだろう。それだけの魔力がこの腕にはあるのだ。他の人がどう感じるかはわからないけど。
「じゃあよろしくねかなちゃん! ボクのためにいっぱい美味しいもの作ってね!」
「うん、任せてよ」
昔も今も変わらず、しおりお姉ちゃんは私のヒーローだ。そんなヒーローに少しでも恩返しが出来るなら、私は全身全霊でそれに応えたい。専属シェフになって欲しいとの提案を受け入れるか少しだけ迷っていたのは、やっぱり自信がないからだ。今までどれだけ美味しいと言われてきても、どれだけ褒められても、自分の根っこの部分はそう変わるものではない。
リスナー達に求められている歌声だって、自分では良さがわからない。なんでそんなに上手いだの素敵だの言われるのか、未だにわかっていない。だけど求められるのは、求めてもらえるのはすごく嬉しい。まるで『ここにいてもいいんだよ』と言ってもらえているみたいで、自分の存在にちゃんと意味があったんだとわかるのがすごく楽しい。自分一人だけだと、生きている意味を見失うものだから。