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第48話 ツンデレなまり

「ってことでね、今週から早く帰らないとなんだ」

「……へぇ」


 週初めの登校日。休日明けということもあって、ただでさえ憂鬱な学校がさらに憂鬱になってしまう日。そんな絶望しかない状況に似合わず、笑顔満開に能天気な私が浮くのは当然のことだったかもしれない。


「楽しみだなぁ。たまに作りにいってたけどこうも続けて料理振る舞うのなんて初めてだからどういう献立にしようか悩むー!」

「……ふーん……」

「さっきからどうしたの? 元気ない?」


 私の頭の中はしおりお姉ちゃんのことで埋め尽くされていて、浮いているだとか全然気にならなかった。まりの冷ややかな眼差しも、見えてはいるのにそれがいつも通りのように認識してしまう。


「別に元気ないわけじゃないわ。機嫌が悪いだけよ」

「え、なんで?」

「知らない! 自分の胸に手を当てて考えてみなさい、バカ!」


 まりは目尻に小粒の涙を浮かべながら睨みつけてくる。なぜ怒っているのだろう。皆目見当がつかない。こんな時察しのいいしおりお姉ちゃんなら、きっとまりが怒っている理由もわかるのだろう。だけど、あいにく私は察しが悪い方なのでまりの気持ちに寄り添うことができない。

 ラブコメの鈍感系主人公をバカにできないレベルでやばいので、私はとりあえず首を傾げることしかできなかった。


「はあ……もういいわ、バカ」


 まりは呆れたようなため息をつくと、スタスタと足早に立ち去ってしまった。呼び止めることも叶わず、私はただその背中を見送ることしかできなかった。

 ……正直めちゃくちゃショックだ。なんで怒られなきゃいけないのか全くわからないのが尚更やるせない気持ちになる。私はしおりお姉ちゃんのところへ一週間毎日料理を作りに行くという話をしただけだ。でも、ここで追いかけたところでまた怒らせるだけだということは火を見るよりも明らかだ。こういう微妙な距離感とか空気ってどうやって修復したらいいんだろう。この前の仲直りは勢いに任せて頑張れたところがあるし、そうそう何度もできることじゃない。


「……なにぼーっとしてるの、かな」

「ふぇ?」

「数学の授業でわからないところがあるって言ってたじゃない。さっきの話は別として教えてあげるわよ」


 まりの不機嫌そうな表情は変わらなかったけど、その声色は驚くほど優しいものだった。というか、私も授業でわからないところがあると言っていたのをすっかり忘れていたのに、まりは律儀に覚えてくれていたようだ。私は嬉しくなって、さっきまでの落ち込みはどこへやら。まりの優しい態度に機嫌がどんどん良くなってくるのがわかった。

 まりはツンケンしていることも多いけど、根は真面目というか面倒見がいい。だからきっと、さっきは私に呆れてしまったけど怒りっぱなしで放っておくのも後味悪いからと、まりなりの優しさで話しかけてくれたんだろう。


「ありがとうまり! 大好き!」

「はいはい。そういう時だけ調子いいんだから」


 まりの手を取ってぶんぶんと上下に振りながら私が言うと、彼女はいつものように呆れたようにため息をついた。でも、呆れているように見えるけど、口元は優しく緩んでいる。

 ……ツンデレとはこういうことを言うのだろうか。まりを見ていて、なんとなくその言葉がしっくりくる気がした。


「……で? いつまで手、握ってるつもりなの?」

「えっ? あ、ご、ごめん! 嬉しくてつい……」


 私は慌てて手を離す。まりは「別に、いいけれど……」と少し恥ずかしそうに呟いた。やっぱりツンデレかもしれない。


「で、どこがわからないのよ?」

「えっと……ここなんだけど……」


 私たちは早速勉強に取り掛かった。まりの教え方はとても丁寧でわかりやすく、数学が苦手な私でもすんなり理解することが出来た。


「ありがとう、まり! すごく助かったよ」

「別にいいわよ、これくらい。あなたの助けになるならいつでも付き合うわ」


 少し照れながらうまりに、私の心臓はたやすく撃ち抜かれた。ツンデレがなぜ一定の人気があるのか少しだけわかった気がする。それはそれとしてめんどくさいところがあるけど、そこも含めて愛おしいというか。


「な、なによ。あたしの顔に何か付いてる?」


 無意識にジロジロ見てしまっていたのか、まりに怪訝そうな表情で言われてしまった。


「ううん。ただ、やっぱりまりのこと好きだなって思って」

「……っ!?」


 私が思ったことをそのまま言うと、まりの顔がボンっと一瞬で真っ赤になった。耳まで染まっている。しかし、この前のこともあってか逃げずに私のことをしっかり見据えている。目つきはすごく険しいけど。


「はぁ……友だちとして言ってるとしても気軽に好きとか言うのどうかと思うわよ」

「そうかなぁ。思ったこと言ってるだけなんだけど……」

「……そういうところよ」

「え?」


 まりがボソッと何かを言ったけど、私にはうまく聞き取ることが出来なかった。私が聞き返すと、彼女は「なんでもないわ」とそっぽを向いてしまった。

 もしかしてまりは怒ってしまったのだろうか。いや、怒ってないにしても内心嫌がってる可能性はある。だから私はとぼとぼと自分の席に着ついて反省することにした。……でも、好きって言っちゃうのは仕方ないと思う。だって本当に好きなんだから。


「あ、でもそういえば……」


 今日のツンデレ全開なまりを見ていて、しおりお姉ちゃんも昔は似たような性格をしていたなと思い出す。しおりお姉ちゃんはツンデレというより、近寄りがたい一匹狼なタイプだったけど。今よりもさらに優しさが抜けていて、自分に近寄るなという圧があった。

 それは幼なじみの私にも同じで、しおりお姉ちゃんは私に対していつも素っ気ない態度をしていた。でもそれは、ただ単に恥ずかしいからで本当は優しい人だってことを私は知っていた。だけど、やっぱりそんな感じだと誤解されやすくて私は小さい頃からそれがすごく嫌で。


『しおりちゃんのこと悪く言わないで!』


 だけど私の意見なんて誰も聞き入れてくれなくて、しおりお姉ちゃんはどんどん孤立していってしまった。私はそれがどうしても我慢出来なくて、しおりお姉ちゃんにずっとついて回っていたっけ。懐かしい。そしてそんな矢先に事件が起きたんだ。


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