目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第49話 仲良くなったきっかけ

「お姉ちゃん……しおりお姉ちゃんどこ……?」


 木々が鬱蒼と生い茂る森の中を、私は一人歩いていた。遊びに来ているでも、授業の一環として来ているでもなかった。ただ大事な人を探すため、見つけるためにこんなにも薄暗くて整備されきっていない道を進んでいる。

 というのも、しおりお姉ちゃんがここにいるという情報をしおりお姉ちゃんのクラスメイト達から聞いたから。いてもたってもいられなくてここまで来てしまった。


「しおりお姉ちゃん……どこ?」


 不安な気持ちを口に出すも、その声に反応してくれる人なんていない。静かな森の中に吸い込まれて行き、そしてそのまま消えて行った。私はお姉ちゃんに会いたいだけなのに。その一心で動いていたのに。

 会えるなんて保証はない。この不安な気持ちがただ増幅していくだけだってわかってるのに、身体が自然と動き出してしまっている。ここまで来たらひたすら前に進むしかなくて、引き返すに引き返せないというのもある。

 だけど歩くのに疲れ始め、その場でしゃがみ込んでしまった。しおりお姉ちゃんが学校近くの森にいるという話が嘘だと気づいたのは、それからどれくらい経った頃だろう。きっと、私がしおりお姉ちゃんと仲良くしているのが気に食わなかったのだろう。幼いながらにも、そういう感情はなんとなく理解していた。


「しおりお姉ちゃん……会いたいよ……」


 声に出しても、その言葉は虚空に消える。気づいたら森の深いところまで来ていたようで、帰り道がわからなくなってしまった。元々整備されていない道なのと特に目印になるようなものがないのもあって、どこから来たのかどこへ進んでいたのかすらわからなくなってしまっていた。元々高い木で日差しが遮られていたのに、時間が経つにつれどんどん暗く視界が悪くなっていく。


「しおり……お姉ちゃん……」


 不安が恐怖に変わっていくのがわかる。視界が暗転してきたのが、そう感じさせる原因だった。さっきまで見えていた道も暗闇に呑まれて、まるで何もない黒い空間に放り出されたような錯覚に陥る。


「うぅ……助けて……しおりお姉ちゃん……」


 とうとう我慢出来なくなって、その場で泣き出してしまう。不安と恐怖が私の身体を支配する。しおりお姉ちゃんに会いたいだけなのに、どうしてこんな怖い思いまでして探さなきゃいけないんだろう。そう思ってしまった。


「だ、誰か……いるの……?」


 暗闇の中でふと聞こえた声に驚き、顔を上げる。はっきりと聞こえたわけではないけど、確かにあの声はしおりお姉ちゃんの声だ。間違えるわけがない。私はふらつきながら立ち上がり、声が聞こえた方へと足を進める。そしてようやく、その姿を捉えることができた。


「! かなちゃん!」

「し、しおりお姉ちゃん……!」


 私の姿を見るなり、しおりお姉ちゃんは走って私の元へとやってきて、そのまま抱きしめてくれた。その暖かい感触に、私はようやく安心することが出来た。


「大丈夫? 怪我はしてない?」

「う、うん……」

「良かった……でもどうしてこんなところまで来たの?」


 しおりお姉ちゃんの問いに対する答えとして、私はこの森に来た経緯を話すことにした。しおりお姉ちゃんを探してここまで来たこと。途中道に迷って帰れなくなってしまったこと。そして何よりも不安だったことを話した。それを聞いたしおりお姉ちゃんは優しく微笑んで頭を撫でてくれる。


「そっか……怖かったよね……」


 私が怯えていたことを察して、しおりお姉ちゃんは優しく頭を撫でてくれる。その手つきの温もりに安心を覚えて、自然と涙が頬を伝っていくのを感じた。

 しおりお姉ちゃんは少しの間私の頭を撫でた後、ゆっくりと私の手を引いた。そしてそのまま私を森の外まで連れてきてくれたのだった。


「かなちゃん……よく頑張ったね」

「うぅ……怖かったよぉ……」


 しおりお姉ちゃんに抱きしめられたまま、私はしばらく泣きじゃくっていた。そんな私を、しおりお姉ちゃんは優しく抱きしめ続けてくれた。その優しさが心地よくて、すごく落ち着いたのを覚えている。


「かなちゃん、落ち着いた?」

「……うん」


 泣きやんだ後、しおりお姉ちゃんは優しくそう言ってくれた。ほら、しおりお姉ちゃんはこんなにも優しい。それなのに、なんでみんな意地悪なことばかり言うんだろう。私はそう思わずにはいられなかった。


「それにしても、まさかかなちゃんに森に一人で入る勇気があるとはね」

「ご、ごめんなさい……」

「え? なんで謝ってるの?」


 なぜだか責められている気がしてとっさに謝ったけど、しおりお姉ちゃんはそれが意外だったのかキョトンとした顔をしていた。しかし、むむむと唸ったあとに「あー」と何かに気づいたような反応を見せる。


「もしかして、ボクがかなちゃんのこと責めてると思ってる?」

「う、うん……」

「あはは! そんなわけないよ」


 私の不安は的外れで、しおりお姉ちゃんはおかしそうに笑った。いつぶりだかわからない、声をあげて笑うレアなしおりお姉ちゃんを見ながら、私はただ混乱するしかなかった。


「見直したんだよ。そんな勇気ある子だと思ってなかったから、単純にすごいなぁって。面白い子だなって思ったの」

「わ、私……面白い……?」

「うん。すっごく」


 しおりお姉ちゃんの言っていることはよくわからないけど、とりあえず私は褒められたみたいだ。そう思うと自然と嬉しくなって頬が緩み始めた。そんな私をしおりお姉ちゃんは嬉しそうに見つめてくれる。

 そして、しおりお姉ちゃんは長いこと溜め込んでいたであろう本音を少しずつ零しだした。


「ボクね……みんなから嫌われてるんだ」

「うん……」

「かなちゃんにもわかるでしょ? みんながボクのことどう思ってるか……」


 私は素直に頷いた。しおりお姉ちゃんはそんな私を見て、優しく頭を撫でてくれた。


「でもかなちゃんはなぜか懐いてくれてる。だから傷つけちゃうといけないから遠ざけようとしてたの」

「え……?」

「かなちゃんの無邪気さが大好きだから、守りたいと思って」


 しおりお姉ちゃんは私のことを嫌っていると思っていたけど、そうじゃなかった。私を傷つけたくないから遠ざけようとしていたんだ。でも私はそんな心配なんていらなかった。むしろもっと仲良くなりたかったのに……


「でも、かなちゃんはボクが思ってるより弱くなかった。むしろ強いと思ったよ」


 しおりお姉ちゃんは私に目を合わせると、まるで嘘偽りのない笑顔でこう言った。私が強い? こんなにも涙でぐちゃぐちゃに顔を濡らしている私が? なんて思ったけど、口には出さなかった。しおりお姉ちゃんがそういうのなら、きっと私は強いのだろう。


「だからさ、その……これからはもっと仲良くしたいな」

「うん! 私も、仲良くしたい!」


 こうして握手を交わし、私たちの関係が少し変化したのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?