「懐かしいなぁ」
まりのことを見つめながら、しおりお姉ちゃんとの過去のやり取りを思い起こす。やっぱり思い出はいいものだなぁとしみじみ感じる。多少美化されているところもあるかもしれないが、それでも自分にとって大切な記憶であることは間違いなかった。
しおりお姉ちゃんと仲良くなれたきっかけであり、自分にとってのヒーローを見つけられたきっかけでもあるから。しおりお姉ちゃんも私もあまり人付き合いのいい方じゃなかったから、お互いに初めてできた友達だった。そういう意味でも、しおりお姉ちゃんは私のヒーローだ。今は友達というより幼なじみという方がしっくりくるけど。
「あの後から面倒見てもらうようになったんだよなぁ。しおりお姉ちゃんは嫌だっただろうけど」
あれから……というか迷子になったのを見つけてもらう前から勝手にしおりお姉ちゃんにくっついて、一緒に遊んでもらうことが多かった。周りから見ても、しおりお姉ちゃんの後ろをついて回る妹のような存在になっていたと思う。今も昔も、しおりお姉ちゃんには迷惑をかけっぱなしだ。
「でも、しおりお姉ちゃんはそんな私をずっと面倒見てくれた」
しおりお姉ちゃんが私の面倒をみるのは、きっと義務感からだったんだろう。私を見捨てておけないとか、そういう理由。それでも私は嬉しかった。しおりお姉ちゃんに構ってもらえるのが嬉しくて仕方なかった。
しおりお姉ちゃんは優しいから、私を見捨てることなんてしない。そう信じていた。だから私は、しおりお姉ちゃんの優しさにつけ込んで、ずっとそばに居続けた。しおりお姉ちゃんは、本当は私のことをどう思っていたのだろう。
『だからキミの力になりたいと思ったんだよ』
「……!」
そうだ。しおりお姉ちゃんは言ってくれた。私の力になりたいって。迷惑だと思わなくてもいいって。そして、今では私のことを主人公だと言ってくれる。
「私は、そんな大層な人間じゃないのに」
しおりお姉ちゃんは私のことを過大評価していると思う。でも、しおりお姉ちゃんがそう信じてくれるのなら私もそれに応えたい。しおりお姉ちゃんが信じる私になりたい。
そのためにもVTuber活動を頑張らなければ。しおりお姉ちゃんの献身的なサポートがついているのだから、失敗はできない。それに、VTuber仲間であるまり……まりんちゃんともどんどん関係を深められていってるし、なおさら失敗は許されない。というよりも、私が許したくない。やっと見つけた居場所であり、私を認めてくれる場所。それを絶対に手放したくはないから。
「まり、一緒に帰ろ!」
「いいけど……あんた忙しいんじゃないの?」
「いやー、まりの意見も聞きたくてさ。どういう材料がいいかなーって」
「ふぅん……いいわ。あたし好みの味付けにしてやるんだから!」
放課後になり、私はまりの元へ駆け寄る。まりは私に声をかけられると、若干気まずそうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔を浮かべて私の手を取った。まりは私の提案をすんなりと受け入れてくれて、一緒にスーパーへ来てくれた。まりも料理に詳しいため、居てもらえるとすごく心強い。
「ありがとね、まり」
「……別に。あたしが一緒に居たいだけだし……」
「ん? なんか言った?」
「な、なんでもないわよ! さっさと買ってしおりお姉ちゃんって人を喜ばせてあげたら?」
小声でまりが何か言ったような気がしたけれど、上手く聞き取れなかった。まりに聞き返すも、なんでもないの一点張りで結局教えてはくれなかった。まあでも、大したことじゃなかったのだろう。
それはともかく、今日の献立は何にしよう。しおりお姉ちゃんは忙しいだろうし、さっと作れてさっと食べられるものが良さそうだけども。色々とアレンジができるサンドイッチはどうだろう。付け合せにコンソメスープを添えて。
「まり、サンドイッチの具材は何がいいと思う? 色々買おうとは思ってるけど、おすすめの組み合わせ聞いてみたいな」
「そうね……ハムときゅうりとかかしら」
「いいね。あとは卵を焼いたのも合わせて……」
まりのアドバイスを受けながら、サンドイッチに使う具材を見繕う。たしかにこの組み合わせは美味しいだろうし、簡単にできるし作りやすそうだ。それに卵を焼いて乗せることによって彩りも良くなるから、見た目にも良さそうだ。
「うん、いい感じ。ありがとね、まり」
「べ、別にこれくらいいいわよ……」
レジで会計を済ませたあともまりにお礼を言うと、顔を逸らして照れていた。そんなまりの態度に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「な、なによ」
「ううん。ただ可愛いなって」
「……っ! か、からかうんじゃないわよ!」
「あははっ、ごめんごめん」
そんなやり取りをしながらも、私はまりと一緒に家路につく。しおりお姉ちゃんに喜んでもらえるようにと願いながら。まりとは途中で分かれなきゃいけないけど、それまでは一緒に居よう。まりとの時間はとても楽しくて、ずっと話していたくなるから。
「しおりお姉ちゃーん。ただいまー」
「おかえり、かなちゃん。何買ってきたの?」
「今日はサンドイッチにしようと思って」
そう気分を高揚させながら、買ってきた具材を机に並べてエプロンを着用した。このエプロンはわざわざしおりお姉ちゃんが買ってくれたらしい。フリルがたくさんついていて、私にしては可愛すぎる気がして少し落ち着かない。でもしおりお姉ちゃんが選んでくれたものだし、大切にしようとは思う。
「わぁ……! こんなに種類がたくさん……!」
具材を覗き込んだしおりお姉ちゃんが、感嘆の声を漏らす。どれもこれも美味しそうだし、組み合わせが無限に考えられる。そんな可能性を秘めに秘めた具材たちに驚いているのだろう。
そんな子供っぽく目を輝かせるしおりお姉ちゃんを微笑ましく思いながら、まずはハムときゅうりをパンに挟み、軽く塩胡椒で味付けする。そして卵焼きを作りつつコンソメスープも用意していく。最後にそれらをワンプレートに盛り付ければ完成だ。我ながらいい出来栄えだと思う。これならきっと、しおりお姉ちゃんも満足してくれるはず。
「じゃあさっそく食べようか」
「うん! いただきまーす!」
しおりお姉ちゃんに促されて、私は手を合わせてからサンドイッチを口に運ぶ。それと同時にコンソメスープを流し込んだ。どちらの味もしっかりと感じることができるほどパンが柔らかくて、これならどんな具材でも美味しく食べられそうだ。ハムときゅうりの組み合わせはさっぱり感があって美味しいし、卵焼きとの相性も抜群だ。
「うん、美味しい。かなちゃんは本当に料理が上手だね」
「えへへ……ありがと。しおりお姉ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな」
「ほんと頼んでよかったよ。これなら作業しながらでも食べられそうだし」
そんな会話をしながら食べ進めていき、あっという間に完食してしまった。お腹も心も満たされる。こんな日々がずっと続けばいいのになぁなんて思いながら、私は食器を片付けた。