「へぇー、しおりさんがVTuber活動始めたのね」
「そうそう。始めたばかりなのにもうこんなに登録者行ってるんだよ」
「え、あたしの初配信の時よりすごいじゃない」
学校が終わり、まりと二人で並んでしおりお姉ちゃんの話をする。まりはしおりお姉ちゃんがデビューしたことを知らなかったようで、その登録者数を見て驚いていた。
「しおりお姉ちゃん、すごい人気だよね。私たちも負けてられないよ」
「そうね。あの人、あたしのこといじるのほんと上手だったし……才能感じてたのよね」
まりがそこまで誰かのことを素直に褒めるなんて珍しい。それくらいしおりお姉ちゃんがすごいということなんだろう。本人でもないのに、なんだか鼻が高かった。
「それで、なんであんたはそんなドヤ顔してんのよ?」
「え……してた?」
まりに指摘され、あわてて自分の顔をペタペタと触る。自覚は全くなかった。しおりお姉ちゃんが人気なのを自分の事のように喜んでたからなのだろうか。
そう思うと、自然と口角が上がる。私の中でしおりお姉ちゃんの存在が……推しの存在がそれほど大きいのだと実感できたから。
「ふふふ……」
「え、なによ気持ち悪い声出して」
……まりは時々私に辛辣だ。だが、それもそこまで気にならない。私の頭の中はしおりお姉ちゃんのことでいっぱいだから。
「しおりお姉ちゃん、どんな感じでVTuber活動するんだろ」
「さぁね。でも、あの人のことだしきっと大活躍するでしょ。そんな予感があるのよ」
「……うん、そうだね」
まりの言葉に、私は大きく頷いた。前世でそるとんが活躍したことを知っている。だからという訳でもないが、きっとこの世界でも活躍してくれると信じている。
しおりお姉ちゃんがVTuber活動を楽しんでくれることを願っている。前世のように突然引退なんてさせない。私が絶対ににさせない。そのためにも、今のうちから全力でサポートしていくんだ。
「負けてられないわね」
「え?」
まりが私の目を見ながらそう呟いた。その表情は今まで見たことのないくらい真剣だ。私は思わず息を飲む。
「しおりさんの勢いに負けてられないわね。あたし達はVTuberの先輩なんだから背中を見せ続けていきましょう」
とてつもない闘志を込めた瞳でまりはそう宣言した。しおりお姉ちゃんがVTuber活動を始めたことで、まりのやる気に火が付いたようだ。まさかそんなに熱い心を持っているとは思わなかった。
だが、それは私も同じだ。しおりお姉ちゃんには本当に頑張ってもらいたい。それと同時に、負けたくないという気持ちも湧いている。
私達はVTuberとしての先輩なんだから。後輩に負けないくらいの活躍をしてみせよう。前までは背中を見続けて来たが、今度は私が背中を見せる番だ。
「うん! しおりお姉ちゃんには追い越されないようにしよう!」
「そうこなくっちゃ! 頑張っていくわよ!」
「おー!」
私とまりは手のひらをパンっと叩いた。このハイタッチは私の覚悟と決意……それと、まりとの絆。私達はVTuberの先輩。しおりお姉ちゃんに負けないくらいに、いやそれ以上に活動していく。
私達はライバルだ。お互い切磋琢磨して頑張っていこう。これまでもお互いの活動が支えになったり良い刺激になったりした。きっとこれからも助け合うことが出来るはず。
「この気持ちのままいけば、きっとしおりお姉ちゃんも引退せずに済むかも……!」
もう運命は変わってきている。私が変えてきた。しおりお姉ちゃんが引退する運命のレールを。それがどんな風に変わっていくのか、私にだって分からない。だが、それはきっと良い方向へ向かうはず。
私は拳を握りしめる。絶対前世のように悲しい気持ちにさせたりしない。そんな気持ちで引退させたりしない。だって最後を迎えるなら、きっと笑っていた方がいいから。
「よーし! 今日も配信するぞー!」
「あたしも頑張るわ! もっともっと爪痕残すわよ!」
「え、今以上に……?」
ただでさえ配信上ではぶっ飛んでいるまりが、これ以上暴走したら一体どうなってしまうのか。だが、それでもいいと思っている。だって、それこそがまりの真価なのだから。
どんな風に暴走するのかも楽しみにしつつ、私も配信に向けて気合を入れ直す。まりに感化されて何かを頑張るなんて私はあてられやすいのかなと思う。
なんだかおかしいなと笑いつつ、それも悪くないと思える。私は私なりに頑張るんだ。しおりお姉ちゃんを引退させないために。そして……推しを悲しませないために。
「前世の恩返し……やっとできそうだよ」
私は小さく、誰にも聞こえないような声でそう呟いた。しおりお姉ちゃんの存在が前世で私のことを救ってくれた。今でもたくさん助けてくれているけど、前世での存在はまさに神にも等しかった。
しおりお姉ちゃんがいてくれたから今の私がある。その気持ちはもう単純な恋愛や姉妹愛なんかとは違う別次元の感情なのではないかと思うほどだ。
私がここまで頑張れているのも、推しの存在があるから。前世からしおりお姉ちゃんという推しがいたから、私は今こうして立っている。だからこそ私の全てをかけて、推しを幸せにしたいんだ。
「はぁー! 今日も疲れたー!」
今日も今日とて配信活動を終わらせ、ベッドに飛び込む。私はそのまま大の字になって寝転がった。
「今日は……ちょっと張り切りすぎたかな」
今日の私はいつにも増してやる気があった。しおりお姉ちゃんの配信が刺激になったからだろう。だが、それでもやりすぎたと反省している。
「ふぅ……って、あれ? 通知?」
携帯から通知音が鳴り、私は身体を起こす。どうやら個人チャットにメッセージが来たようだ。誰だろうと確認してみると……
「……えっ!?」
その内容を見て、思わずベッドから立ち上がった。送り主はひすいさんで、そこは特に驚くことでもないのだが、メッセージの内容が思いもよらないもので驚いてしまった。いや、そろそろ連絡が来てもいい頃だとは思っていたが。
「ついに事務所が!?」
ひすいさんから送られてきたのは、事務所設立の案内だった。事務所を立ち上げたいとの話は前に聞いていたので、ついに本格始動かと思うと感慨深いものがある。
ひすいさんやまり、それにしおりお姉ちゃんと同じ事務所で頑張ることができるんだ。これからは一致団結して活動ができることに込み上げるものがあったが、それは取っておくことにした。
いつかきっと叶うであろう、四人揃ってのライブができる日まで。