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第109話 そるとんのデビュー

「やぁ、しおり。初配信見させてもらったよ」

「ひーちゃん……ひーちゃんには伝えてなかったのになんでバレたのやら」

「あっはっは。ひどいな君は」


 しおりお姉ちゃんが初配信を終えた翌日。ひすいさんがしおりお姉ちゃんの家にやってきた。またアポなしで。


「というかひすいさん……来るのは構わないんですけど、ちゃんと事前に言ってくれないと。ご飯の用意ありませんよ?」

「なんだと!? かなの手料理目当てで来たのに!」

「……しおりお姉ちゃんのことがメインじゃないんですね……」


 私は軽くツッコミながらご飯の準備を進める。今日はしおりお姉ちゃんへのお祝いも兼ねてちょっといいお肉でも焼こうかな。ひすいさんにも振る舞うことになるのは癪だけど。たまにはいいだろう。


「配信なかなか可愛かったぞ。初々しくて」

「そりゃ配信なんて初めてだもん」

「とりあえずアーカイブも残してくれるとありがたいな」

「元々そのつもりだよ」


 ひすいさんとしおりお姉ちゃんが話しているのを横目に私はお肉を焼き始める。いい香りが部屋に広がり、お肉の焼ける音がまた食欲をそそる。

 それにしても、二人は本当に仲が良くて少し妬いてしまう。ひすいさんのことも大好きで大切な人ではあるのだけど、しおりお姉ちゃんが取られたようで複雑なのだ。今となっては推しを取られてしまったような感情も入ってくるから余計に。


「配信も良かったけど、今日はしおりの今の気持ちを聞きたくてな」

「気持ち? そんなの決まってるじゃん」


 ひすいさんの質問に、しおりお姉ちゃんは満面の笑みで答える。


「楽しみだよ、これからの活動が。みんなもいるしね」


 その言葉を聞いて、色々な感情が込み上げてくる。VTuberであるそるとんも、昔から仲良くしてくれているしおりお姉ちゃんも、今までもこれからもずっと憧れの存在で私の目標。そんな人が「みんながいるから楽しみ」だと言ってくれたのだ。

 ただ一人のリスナーに出来ることなんて限られていたのかもしれない。だけど、もし、前世で私の声が届いていたら……


「……なにか変わってたのかな……」


 いや、それはただのたらればの話。そんなことを考えていても意味はないだろう。前世の自分には戻れないのだから、そんなことを考えても意味はないだろう。今はこの嬉しい気持ちに浸っていたい。

 そるとんが復活した。推しがまた活動を始めてくれるのだ。それだけで今は充分。これからも私の憧れであるひすいさんとしおりお姉ちゃんと一緒に歩んでいくのだ。


「はいはい。お肉できたよー」

「お! 待ってました!」


 ひすいさんが真っ先に反応する。しおりお姉ちゃんはそんなひすいさんを見て笑っている。ひすいさんの子どもっぽい素直な反応が可愛いのだろう。


「ひーちゃん……もう食べ始めるの?」

「いいじゃない。せっかくかなちゃん作ってくれてたんだから」

「まぁいいけどね」


 しおりお姉ちゃんは呆れながら私が持ってきたお肉を自分のお皿に盛る。そんなしおりお姉ちゃんに続くようにひすいさんもご飯の上にお肉を乗せていく。

 私はそんな二人を見て思わず笑みがこぼれる。まるで姉妹のような、それでいて互いを意識しているライバルのようなそんな二人の関係性が微笑ましい。


 私はこれからもしおりお姉ちゃんの……そるとんの配信を追いかけていくだろう。そして、そんなそるとんとコラボすることが今の私の夢。ひすいさんの存在はそれに関係ない。関係ない……はずなんだけど。


「かなちゃん? どうしたの?」

「いや……別に……」

「もしかして……かなちゃんもこのお肉欲しかった? ごめんね、ボク達ばかり取っちゃって」


 そう言ってしおりお姉ちゃんは自分のお皿から私のお皿に肉を盛る。そういう優しいところは好きだが、そうじゃない。でも、無下にするわけにもいかなくてありがたく受け取ることにした。


「ありがと、しおりお姉ちゃん」

「どういたしまして!」


 しおりお姉ちゃんの満面の笑みが眩しい。その笑顔を見るだけで心が浄化されるようだ。そんなやり取りをしていると、ひすいさんが自分のお皿を私の目の前に差し出してきた。


「ほら、かなも食べな」

「……あ、ありがとうございます」


 そんなひすいさんの行動に驚きながらも素直に受け取ることにした。……なにこの状況。しおりお姉ちゃんとひすいさんに挟まれて両方からお肉をもらっている。太るしそんなに食べれないからやめてほしいのだが、二人はそんな私の気持ちに気づいていないようだ。


「……二人とも、自分の分は自分で食べなよ」

「いいじゃないか。かなの分は我が食べさせてやる」

「ほらほらかなちゃん、口開けて?」

「……ちょっと」


 そう言って二人は私の口に肉を近づけてくる。本当に子ども扱いされているようでなんかムカつくが、こうしているとまるで本物の姉妹のようで少し嬉しくもある。


「もう……」


 そんな二人の行動に私は呆れながら、ゆっくりと口を開く。すると二人は満足気に笑った後、私の口に肉を放り込んだ。


「どう? 美味しい?」

「うん」


 しおりお姉ちゃんの質問に素直に答えると、彼女は嬉しそうに笑う。その笑顔を見ているとなんだかこっちまで嬉しくなってしまう。本当にこの人はずるい。


「でも、やっぱりお肉は自分で食べようかな。なんか恥ずかしいし」


 そう言って私は自分のお皿にあるお肉を食べ始める。


「えー。別に恥ずかしがらなくてもいいのに」

「そうだよかなちゃん、遠慮しないでもっと甘えていいんだよ?」


 しおりお姉ちゃんとひすいさんは口々に言う。二人とも私のことを甘やかしすぎではないか。いや、ありがたいことではあるのだけど。それでもさすがに恥ずかしいものがあるわけで。


「いいから! もう自分で食べる!」


 そんな二人に対して私は強めの口調で言い放つ。すると二人は渋々といった様子で自分のお肉を食べ始めた。そんな二人を見て思わず笑ってしまう。本当にこの二人は見ていて飽きない。


「……これからもよろしくね、二人とも」


 私は小さく呟くように言ってから、お皿を片付けたのだった。


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