「しおりお姉ちゃんも、さっきはごめんなさい……」
「いやいや、あれはボクも悪かったから。こっちこそごめんね」
まりとの仲直りを済ませたあと、お互いが落ち着いた頃を見計らってしおりお姉ちゃんにも謝った。銭湯で謝るとまた変なことを言ってしまいそうだったのと、なかなか声をかけづらくて事務所に戻るまで近寄れなかった。だけど、まりと同じでしおりお姉ちゃんも優しい。
「しかし、みんな事務所に泊まるのを快諾してくれるとは……大人になったな」
「いや、そもそも夜遅いし事務所から家まで今から帰るのは酷すぎますって」
ひすいさんがほろりと感動の涙を流すも、それをまりがつっこむ。銭湯を楽しみすぎてすっかり日が落ちてしまったのだ。今から帰るのは普通に危ない。
そんなこんなで、まり、ひすいさん、しおりお姉ちゃん。そして私の四人で事務所に泊まることになったのだ。泊まってもいいよと快諾してくれるオーナーさんもなかなかに良い人だと思う。
「それにしても二段ベッドもあるなんてすごいね。至れり尽くせりじゃん」
「泊まってもいいようになってることに闇を感じるのはあたしだけかしら……」
二段ベッドに加え、簡易キッチンもあり最低限の生活はできるようになっている。優しさで作ったという線もあるけど、もしブラック的な思考で作られていたとしたら……あまり想像したくない。
そんな勝手な想像していると、なんだか美味しそうな匂いが漂ってきた。いつの間にかキッチンに立っているひすいさんがカレーライスを作ってくれているようだ。しおりお姉ちゃんもひすいさんの隣に立ってサラダを盛り付けてくれている。
「しおりお姉ちゃん、盛り付けはできるんだ」
「……かな、失礼よ。気持ちはわかるけど」
しおりお姉ちゃんは料理ができない。だからこそ、勝手に不器用なイメージがあった。
「ボクだって盛り付けくらいできますー」
「そ、そうだよね。なんかごめん」
「かなにまり、もうすぐできるから食器の準備とご飯盛って待っててくれ」
「あ、は、はい!」
ひすいさんに言われ、私とまりは食器棚からお皿を取り出しご飯をよそう。炊きたてふかふかのご飯……いつの間に炊いたんだろう。なんだか自分だけタイムスリップでもしたような気分だ。
「はい、できたぞ」
そう言ってひすいさんが三人分のカレーとサラダをテーブルに置いてくれる。サラダを盛り付けただけなのに、しおりお姉ちゃんがドヤ顔をかましてくる。
「しおりお姉ちゃんなんでそんなに偉そうなの……料理はできないのに」
「う、うるさいよ! これから上手くなるの!」
「はいはい。ほら、みんなで食べるぞ」
ひすいさんがしおりお姉ちゃんを宥めて、みんなでテーブルを囲む。なんだか家族団欒みたいだ。そうしてみんなで他愛もないことを話しながら食べていると、あっという間にカレーもサラダも無くなってしまった。
ひすいさんの腕がいいのもあるだろうけど、ここまで美味しいのはやっぱりみんながいるからだろう。
「ごちそうさま。すごく美味しかったです」
「お粗末さまでした」
「ひーちゃん、おかわり!」
「……しおりお姉ちゃんは自分で動く気ないの?」
しおりお姉ちゃんが見たこともないほど自堕落になっている。それほどみんなに心を許しているということなのだろうが、少し行儀が悪い。
「かなはおかわりいらないのか?」
ひすいさんがテーブルにあったお皿を下げながら私にそう聞いてきた。
「あ、えっと……はい。大丈夫です」
「遠慮しないでいいんだぞ?」
「いやその……太ると嫌なのでこれくらいにしておきます」
「かなは細すぎるくらいだ。もっと太れ」
「ひ、ひすいさん!?」
いきなり後ろから抱きつかれ、私のおへそのあたりをむにむにと触ってくる。あまりに突然のことで身動きが取れない。デリケートなところを触られているのに、上手く抵抗できない。
ひすいさんは結構力が強いようで、ぴくりとも動くことができなかった。そうしてしばらく触られたあと、やっと解放してくれた。心做しか、ひすいさんの肌は満足そうにツヤツヤになっているように見える。
「うぅ……食べたばかりのお腹触られたせいか、吐き気が……」
「大丈夫か? 責任もって我がこの手で受け止めよう」
「……それはほんとやめてください……」
ひすいさんが変なことを言い始めたが、それどころじゃない。こんなことを言っているが、もしここで胃の内容物をぶちまけたらさすがのひすいさんもドン引きするだろう。そうならないよう、私はお腹にぐっと力を入れて全力で堪えた。
「……まあなんだ、おかわりの無理強いはしないからソファにでも横になってろ」
「は、はい……」
私はひすいさんに言われた通りソファで寝転びながら、みんなの様子を眺めていた。まりとしおりお姉ちゃんが一緒にゲームをしていて、その隣でひすいさんがコーヒーを淹れている。
「かな、コーヒーは飲めるか?」
「あ、はい。大丈夫です」
ひすいさんは私の分もコーヒーを淹れてくれていたようで、マグカップを二つ持ってきてくれた。私はそれを受け取りながらお礼を言った。そしてそのまま一口すする。
「美味しいです」
「それはよかった」
ひすいさんも私と同じでソファにもたれかかり、コーヒーを飲みながらゲームをする二人を眺めていた。
「……ひすいさんはゲームしないんですか?」
「ん? したいとは思うが、しおりとまりがやってるのを見てる方が楽しい」
「そうですか……あ、あの」
「どうした?」
私は少し緊張しながらも、意を決して口を開いた。
「……私って、ひすいさんから見てどう映ってますか……?」
「どう、とは?」
ひすいさんは不思議そうな顔をして聞き返してきた。そのままの意味なのだが、どう伝えればいいのかわからず私は言葉に詰まってしまう。
そんな私を見兼ねたのか、ひすいさんはくすりと笑いながら私が聞きたかったことを言ってくれた。
「かなはいい子だよ。みんなの役に立ちたいという気持ちが強く伝わってくる」
「……そ、そうですか?」
私は少し恥ずかしくて口元を隠しながらそっぽを向いた。だけど、この感じならいけるかもしれない。そんなチャンスがこんなタイミングで訪れるとは思っていなかったけど……もう聞くしかない。
「私は、VTuberになって良かったんでしょうか」