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第116話 たった一言で

「おや、まだここにいたのか」

「いや、なんか、触り合いっこしてたら時間が経ってたというか……」

「はぁ……ふふ、かなの触感なかなか良かったわよ……はぁ……」

「……息切れしながら言うとガチの変態にしか見えない……」


 女同士の単なるスキンシップ……だと思いたいが、相手がまりだとそれが通じなさそうでこわい。前世ではある程度適切な距離感で接することができていたが、今は変態からの接触攻撃を避けるのに精一杯だ。これも過去を変えたいい変化、なのだろうか。


「しかし、本当に仲が良さそうだ。よほど気が合うのだな」


 ひすいさんが声を出して笑う。そんなにいいものでもないと思うのだが、ひすいさんからすれば微笑ましいのかもしれない。


「えへへ、そうなんですよ」

「……もうなにも言わないよ」


 満面の笑みで答えるまりに対して私は諦めモードに入っていた。そんな私たちを見て、ひすいさんはさらに笑みを深める。まあでも、仲良いと言われて悪い気はしなかった。今度こそは別れを経験したくないものだ。

 そういえば、しおりお姉ちゃんがまだ風呂場から出てこない。どうしたのだろう。そうしてキョロキョロしていると、ひすいさんが何かを察したらしい。


「しおりなら頭冷やしてくるって水風呂に行ったのを見たぞ」

「えっ!? サウナ入ったわけじゃないのに!?」


 しかも、サウナはみんな入浴前に済ませている。だから余計に意味がわからないのだが……


「暴走したの、気にしてるのかな……」


 前の暴走と今回の暴走とでは、若干……いやかなり環境が異なる。人目があるし、連れもいる。二人きりだったしおりお姉ちゃんの風呂場とは訳が違うのだ。


「まあ、そのうち戻ってくるだろう。お前が気にすることではない」

「そう……ですね」


 ひすいさんはそう言うが、やはり気にしてしまう。私はしおりお姉ちゃんのことが大好きなのだ。だから、さっきのことを気にしてるのであれば、訂正しておきたかった。


「おっ、ちょうどいいタイミングじゃないか」

「えっ?」


 ひすいさんが声をあげた瞬間、風呂場のドアが開く。そして、そこからしおりお姉ちゃんが恥ずかしそうにして出てきた。濡れた髪をタオルで包みながら出てくる姿は、なんと言い表せばいいのだろうか。神秘的だった。


「しおりお姉ちゃん」

「な、何?」


 私が呼ぶと、しおりお姉ちゃんはビクッと体を震わせて反応する。そんな縮こまった様子を見て、私は申し訳なくなった。別になにかしたわけではないのだが……妙に心が痛む。

 多分しおりお姉ちゃんはさっきのことを気にしているのだろう。私に悪い事をしたと思っているから気まずさもあるかもしれない。そういう優しいところが大好きだ。


「さっきはごめんなさい」

「……えっ?」

「私のせいでしおりお姉ちゃんが暴走したから、それを気にしてるんじゃないかと思って」


 私がそう言うと、しおりお姉ちゃんは目を丸くさせる。そして少し間を置いてから口を開いた。


「な、何言ってるの! あれは私が勝手に……その……」


 確かに、しおりお姉ちゃんが暴走したのは本人が100パー悪い。だけど、私はそれを少なからず望んでいた節があるから、しおりお姉ちゃんだけが悪いとも言い切れない。人目は憚ってほしいけど、それ以外に不満はない。


「まあ、その……私はしおりお姉ちゃんとああいうことするの嫌いじゃないから、いつでもしていいよ」

「…………えっ!?」


 長い間があってから、しおりお姉ちゃんが驚愕の声を上げる。そして、そのすぐ後に顔を真っ赤にさせた。そんなしおりお姉ちゃんの反応を見てから、すごいことを口走ってしまったのではないかと思い直す。今更すぎるけど。

 もしかすると告白するよりも大胆なことを口にしてしまったような気がする。でももう言ってしまったから引き返せない。誤魔化すのも、さっきの言葉は嘘や冗談だと言っているみたいで嫌だった。


「……お前たち、我らもいるんだぞ」

「あっ」


 完全にひすいさんとまりの存在を忘れていた。ということは、さっきの私の発言も聞かれてしまった?


「あ、あ、あ……」


 ひすいさんは呆れたように笑い、まりは不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいる。やってしまった。しおりお姉ちゃんはというと、顔を手で覆ってぷるぷると震えている。

 ……これは、完全にやらかしたな。穴があったら入りたい。顔が茹でダコみたいに真っ赤になっていくのがわかる。


「仲良いことは微笑ましいが場所を考えてもらわないとな」

「うっ……すみません」

「まあ、いいさ。それよりしおり、早く髪を乾かさないと風邪をひくぞ」

「あ、う、うん。そうだね」


 しおりお姉ちゃんは私たちに目を合わせることもなくそそくさと自分の着替えを入れたロッカーに向かっていく。なんだか申し訳ないことをしてしまった。私だけでなく、しおりお姉ちゃんも巻き込んで気まずい空気を作ってしまった。……あと、一人からの視線がすごく痛い。


「あ、あのー、まりさん? なにか怒ってる?」

「……別に? ただ、かながあんな大胆なことを言うとは思わなかったから驚いただけ」

「そ、そっか……」


 絶対それだけじゃない雰囲気があるけど、それを指摘できる空気ではなかった。しおりお姉ちゃんは私と同じで恥ずかしそうだし、まりはずっと不機嫌だし、この状況で頼れるのはひすいさんだけなのだが……


「ひすいさん……」

「なんだ?」


 我はフォローしないぞ? と言わんばかりに接してくる。いつもは察しが良すぎるくらいなのに、私が助けを求める視線を送っても首を傾げている。……これはダメかも。

 自分のケツは自分で拭けということなのだろう。仕方ないので、少し心を落ち着かせて息を吸って、吐く。よし……大丈夫だ。


「まり、ごめんね」

「え、な、なによ?」

「さっきはごめん。まりの嫌がることしたくないから、もうしない」


 私はまりに向き直って、そう告げる。私の発言がさっきのしおりお姉ちゃんへの暴走を気にしたものだと理解したらしいまりは途端に慌て始めた。


「え、あ、いや……かなもしおりさんに変なことされて気が動転してたのよね。も、もう気にしないから、かなも気にしないで? ね?」

「……うん、ありがとう」


 まりが優しい子で助かった。私はホッと胸を撫で下ろす。心做しか、ひすいさんも「よくやった」と笑っているように見えた。


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