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42話:猫の妖精 ケット・シー

「ターニャ。征十郎はヨルノクニにきてまだ日が浅い。お前のことを知らないのは仕方がないだろう」


「でも、一度モウリ―の店で会っているのよ?」


「その時、お前は自分の身分と名を名乗ったのか?」


「……そういえば名乗ってない、かも?」


考える素振りをしながらターニャが答える。


「征十郎はちゃんと名前を名乗らないと名前を覚えないぞ?特に私達のような存在は、人間の征十郎にとっては誰と会うのも初めてとなるからな」


真剣な表情で話すミシェルに、「どういうことだ」とツッコミを入れたくなった。

別に名前を名乗らないと人の名前を覚えられない訳ではないからだ。

遠回しに少し馬鹿にされているような気がしなくもないが、とりあえずぐっと感情を抑える。


「なるほどねぇ~…はぁ。まったく、面倒くさい人間だわ」


じと…と俺の方を見ながら悪態をついてくるターニャに、若干イラっとした。

これは本当にトーファ以上に絡みづらい。なんなら今まで会ってきた精霊の中で1番面倒くさいかもしれない。


「私の名前は、ターニャ。種族は猫の妖精 ケット・シーよ。今はソラリア庭園都市内にある“猫のもり”で主に生活を送りながら、ヨルノクニ全体の環境整備をメインに大天使女王から直々に依頼される遠保方面の任務を生業なりわいとしているの」


(猫の妖精…だから猫耳と尻尾があるのか)


ぴょこぴょこ動く耳と、ふさふさ動く尻尾をちらりと見てようやく納得した。



「柊征十郎だ。――それでターニャに聞きたいんだが」


「なぁに?」


「オリビアから猫の面倒を看るように言われたと言うのは、どういうことだ?フラッフィーの面倒は俺が看ている。今のところ特に不自由なく生活を送れているが…」


「うん。オリビア様からもそう報告を貰っているわよ」


「それなら別にターニャが面倒を看る必要は…」


言いかけたところで、ターニャが呆れたようにため息をつくと、かぶさるように口を開いた。


「アンタは、猫の事を知らなすぎる!」


「……は?」


「小さい時からしておいた方がいい社会化はちゃんとしているの?」


ビシィ!と顔面で指を指しながら言われ、なにを言っているのか分からずに首を傾げる。


「しゃ、社会化…?」

(社会化ってなんだ?)


「ほらぁ…なにも知らないじゃないの。社会化って言うのは、子猫が成猫になっても好ましくない行動をとらないようにしなければいけない大切なことなの。私達のもりにいる猫の妖精達は小さい時から集団で暮らしているから、自然とできているけど、誰かに飼われている猫…特にアンタの所にいる猫は野生の野良猫の子供でしょう?」


「まぁ…それはそうだが」


「本当は最初の数週間が大事だから少し遅い気もするんだけど、社会化をすることでどんな環境においても理解し受け入れることが出来て、パニックにならずに行動ができるようになるの。出会う人や場所、状況や匂い、音などが社会化に該当するわ」


「な…なるほど…?」


「特にアンタの所の猫は、“黒を持つ者”よ。社会化ができていないまま、力に目覚めた時の事を考えてみなさい。初めて会った人や、場所、匂い、音に慣れていなくてパニックを起こしたらどうなる?」


促すように質問をされ、俺はその時の状況を脳内で考えてみる。

俺には最初から懐いてくれていたフラッフィーだったが、初めてミシェルと会った時は、いきなり俺の家に入ってきたミシェルに驚いてビックリして逃げていたのを思い出した。


あの時は力が目覚めていないことに加え、俺が近くにいたから特になにが起きた訳でもないが、仮に力に目覚めていて俺がいないことを考えると、1つの可能性が浮かんできた。



「――自分を守るために…攻撃をしようとする…?」


「その通り。そうなれば、住人に危害を加える可能性だってあるし、パニックを起こした状態だと、懐いているアンタにさえ攻撃をしてくる可能性だってあるの」


「…」


フラッフィーが俺に攻撃をしてくる可能性は考えたくないが、その状況になってみないと分からない。

人間でもパニックを起こせば、見知った顔の人間でも分からなくなってしまうと聞いたことがある。



「だからオリビア様は、私に社会化を含め、猫が生きていく上で大事なことを教えて欲しいと仰ってきたのよ。同時にさっきミシェルが言っていた“猫との距離”というやつもね」


どうやらさっきのミシェルとの会話を聞かれていたようだ。


「だから…それはっ!」


距離を取るつもりはないと、ターニャに言おうとした時、俺が言う事を悟ったターニャが続ける。


「猫との距離はあからさまに取る必要はないわ」


「えっ…」


「今はまだ小さいし、助けてくれた征十郎に懐いていると聞くから甘えてくることが多いかもしれないけど、自分から構いに行かなければいいだけ」


「……それだけ…?」


もっとなにか難しいことを言われるのかと身構えていただけに、拍子抜けをしてしまった。


「元々猫は気まぐれな性格よ。犬のように飼い主にべったりな訳じゃないし、毎回構ってほしいわけじゃない。自分の気が向いた時だけ、構ってほしい時だけ傍に寄ってくる子がほとんどなの」


言われてみれば、フラッフィーが俺の傍に来るのは、ご飯の時や帰宅後すぐ、筋トレ直後やなにかふとした時が多いことに気づいた。

それ以外は家の中で寝ているか、1人で遊んでいることが多い。


「その時に、征十郎は軽くスキンシップを取ればいいのよ。頭を撫でたり、少しだけ遊んだりしてね」


「…それだと今とあまり変わらない気がするんだが…本当にそれだけでいいのか?」


「うん、それだけでいいの。でも、構いすぎはダメ。自分から構いに行くのもダメ。遊ぶ時間はせいぜい5分以内ってところかしら。触れ合いの時間も何回か撫でて終わりにして。こうすることで程よい距離感を保ちつつ、スキンシップも取れているから猫にストレスを与えることなく暮らせていけるわ」


「…」


フラッフィーは俺にべったりではあるが、ターニャの言う通りいつまでも傍にいるわけではない。

気が済んだら自分から離れていくし、気まぐれだと思うところも多々ある。


(これだけでいいなら…確かに今とあまり変わらないし俺にでもできそうだ…)


直すところと言えば、たまに俺がフラッフィーに構いに行くことがあることくらいだ。まぁそれもガッツリじゃなく、抱き上げて撫でるくらいのスキンシップなのだが。


「――まぁとりあえず、一度征十郎の家にお邪魔してもいいかしら?」


「それは別に構わないが…フラッフィーは俺以外にはあまり懐かないから、来ても逃げられるかもしれんぞ?」


「それは平気」


「……は?」


「会えば分かるわ」



意味深に言うターニャに不思議に思いつつ、俺はターニャを家に連れて行くことになった。




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