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43話:フラッフィーの過去

俺はミシェルとターニャを連れて自宅へと戻ってきていた。


帰ってきた瞬間俺に近づこうとしてきていたフラッフィーだったが、ミシェルとターニャの姿を見つけるや否やすぐにUターンし、イスの下に隠れてしまった。



「あの感じだと…全然社会化はできてないわねー」


逃げてしまったフラッフィーを見ながら、ターニャが困ったように呟く。


「相変わらず征十郎にしか懐いていないんだな。私には絶対に近づいてこない」


椅子の下からじっと様子を伺うフラッフィーを見て、ミシェルが苦笑いを浮かべる。

それはそうだ。

ミシェルに関しては最初の印象があまり良くない。

大きな声を出しながらいきなり家に入ってきて、怖い顔で近づいてこられたら、猫だけじゃなく人間でも怖いものだ。


「こんな感じで、俺以外にはまったく懐いていない状態だが…本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫だって言ったでしょ。――そこで見ていて」


ツリ目がちな目を細め、ターニャが笑みを浮かべると、躊躇することなくフラッフィーの元にゆっくり近づいていく。

フラッフィーに視線を合わせるようにしゃがみ込み、一度だけ瞬きをすれば、黄色の瞳がぼんやりと光りはじめた。



『こんにちは、フラッフィー』


よくわからない言語でターニャがフラッフィーに声をかけると、ターニャを見上げたまま、フラッフィーが一声だけ鳴いた。


『……にゃあ(…おねえちゃんはだあれ?)』


『私の名前はターニャ。猫の妖精のケット・シーよ。今日はフラッフィーに話を聞きたくて会いに来たの』


『(話?おねえちゃん、あたしの言葉が分かるの?)』


『うん。ケット・シーだから、言葉も分かるし、話せるの。少しだけお話を聞いてもいいかな?大丈夫、私はあなたの見方だから怖いことはなにもしないよ?』


『(…怖いことしないなら……うん、いいよ)』


『ふふっ、ありがとう』


見たことのない優しい笑顔を浮かべるターニャに驚きつつ、なにを話しているのかまったく分からなかった俺は、ミシェルに聞いてみる。




「……なぁミシェル。ターニャはなにを話しているんだ?」


「あれは猫語を話しているんだ」


「猫語…?」


「ケット・シーは猫の妖精だから、猫と会話をすることが出来る。もちろん猫だけじゃなく、動物や植物など、すべての自然界の生き物と会話をする事が出来る能力を持っているのがケット・シーの特徴だ」


「…なるほど」


さすが異世界である。

さっきターニャが言っていた意味は、こう言う事だったのかと今更ながら理解した。


『フラッフィーって言う名前は元々の名前?』


『(ううん。せいじゅーろーが付けてくれた名前なの)』


『そうなんだ。可愛い名前だね』


『(ほんと?ありがとう!えへへ、あたしもすごく好きな名前なの)


ターニャに対して大分警戒心が解けてきたのか、完全にイスの下から出てきたフラッフィーは、ターニャに頭を撫でられながら気持ちよさそうな顔をしていた。



「フラッフィーが俺以外の人に懐いている……」



初めて俺以外の人に懐いているフラッフィー目の当たりにした俺は、驚きを隠せなかった。

猫語を話せるだけでこんなにも一気に距離を詰めることが出来るのかと、感心しながらターニャとフラッフィーの会話をしている光景を見守る。



『フラッフィーは、征十郎と一緒に暮らす前はどこにいたの?お父さんやお母さんの事は覚えてる?』


『(…お父さんは知らない。あたしが生まれた時はもういなかったから…でも、お母さんの事は覚えてるよ。あたし、せいじゅーろーに会う前は、ずっと森の奥にいたの)』


『森?』


『(うん。あたしの身体の色がまっくろだから、みんなと一緒に生活はできないってお母さんが言っていて…誰にも見つからないように隠れて暮らしていたの)』


寂しそうに話すフラッフィーに、ターニャの表情が暗くなった。


『…そっか…。でも、どうして森から抜け出して、征十郎の家まで来ていたの?』


『(…お母さんが、ご飯を取りに行くって言ってでかけてから、ずっと帰ってこなかったの。森から出ちゃダメって言われてたけど、お母さんが帰ってこなくて寂しかったし、寒くてお腹もペコペコで…お母さんを探しに来たら、せいじゅーろーの家に着いた)』


『……』


切なそうな表情を浮かべていたターニャの手が、ピタリと止まった。


『(途中でいろんな精霊や妖精に襲われそうになったけど、せいじゅーろーと会って、この人ならあたしを助けてくれると思ったの。だからせいじゅーろーのことはだいすきっ)』


喉を鳴らしながらすり寄ってくるフラッフィーに優しく微笑みかけながら、ターニャが口を開く。



『…ねぇ、フラッフィー』


『(なぁに?)』


『フラッフィーは、自分が“黒を持つ者”だって知っているの?』


ターニャの質問に、一瞬ぽかんとした表情で見上げたフラッフィーは、しばらくしてからにっこりと笑顔を浮かべた。



『(うん、知ってるよ)』



『っ……』


明るく答えるフラッフィーに、ターニャが泣きそうな程表情を歪めた。


『(きっとお母さんは、あたしを守るために隠れて暮らしてくれていたんだ。…ずっと帰ってこなかったのは、死んじゃったからだと思う。大好きなお母さんに会えなくなっちゃったのは寂しいけど、あたしにはせいじゅーろーがいるから平気だよっ!こんな色の毛並みでも、せいじゅーろーはあたしに普通に接してくれる。悪魔の力に目覚めないように、助けてくれるって言ってくれたの!)』


フラッフィーは一瞬俺を見上げると、すぐにターニャに視線を戻した。


『(…あたしね、せいじゅーろーだけはぜったいに傷つけたくないんだ。せいじゅーろー以外の人はまだ怖いけど、他の人も傷つけたくない…自分がされてイヤなことは、他の人にしたくないの…)』


『…フラッフィー…』


『(あたしの夢はね、せいじゅーろーとずっと一緒にいて、猫のまま幸せに暮らすことなんだ。…悪魔には……絶対になりたくない……)』



目尻に涙を浮かべたターニャは、優しく微笑みながらフラッフィーの頭をひと撫でした。


『お話してくれてありがとう、フラッフィー。お姉ちゃんも、フラッフィーが猫のまま暮らしていけるようにフラッフィーのことを助けるね』


『(おねえちゃん…!ありがとう)』


『悪魔にならないように、これからフラッフィーにはいろんなことを覚えてもらわなきゃいけないけど…ちゃんと出来るかな?』


『(うん!出来る!)』


『ふふっ、いいこ』



何度か頭を撫でると、立ち上がったターニャが俺とミシェルの方に戻ってきた。

ゆっくりと瞬きをして、光っていた黄色の瞳が元の状態に戻る。


「お待たせ。フラッフィーと話して来たよ」



話に行く前と比べると少し表情が暗い気がしなくもないが、俺が普段聞くことができない内容まで聞く事が出来たのだろう。

フラッフィーと話した会話の内容が気になった俺は、早速聞いてみる事にした。


「フラッフィーとどんなことを話していたんだ?」


「あの子の親の事、征十郎のところに来た経緯について。…それと、黒を持つ者について…全部聞いたわ」


「なっ…!フラッフィーに黒を持つ者のことまで聞いたのか!?」


まさかそんなことまで話していたとは知らず、俺は声を荒げた。

だが、ターニャは動じることなく、暗い表情のまま俺を真っ直ぐに見つめながら答えた。


「あの子は、自分が黒を持つ者だという事も知っていたし、悪魔の力に目覚める可能性があるという事も…すべて知っていたわ」


「――ッ!!」


「フラッフィーは本当にいい子ね……。アンタの事を心から信頼しているみたいだったし、悪魔にならないように助けるってアンタが言ったのをすごく嬉しがっていて…悪魔になりたくないって言ってたわ」


「フラッフィーが…?」


「うん」


フラッフィーが人間の言葉を理解しているのではないかと思った事は何度もあったが、本当に理解しているとは思わずに驚いた。

だが、同時に俺の気持ちがちゃんと伝わっていることが嬉しくもあった。


俺がフラッフィーを助けたいという気持ちは間違ってはいなかったのだ。






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