二に虎こは食はみて競きそう

今日はまた咲き残りけり古里の

あすか盛りの秋萩の花

　　　　　　慈照院集　足利義政

　足利義晴の典てん厩きゅう邸てい御お成なりから半年ほどが過ぎた八月末より、畠山上総介義よし宣のぶ挙兵の噂が立っていた。義宣は先年亡くなった畠山総そう州しゅう家前当主・畠山上総介義よし英ひでの子である。

　畠山家は、総州家と尾び州しゅう家に分かれて内訌している。この二家が当主の座を争い、この家督争いに将軍が介入したが、将軍家も後継者選びで二つに割れ、それぞれの後ろ盾となった細川武蔵守勝元と山名金吾入道宗全が全面対決さたのが応仁の乱であった。その戦乱の波は瞬く間に畿内から全国へと飛び火する。

　その残り火に両細川の乱が再び火を付けた。野や州しゅう家と讃さん州しゅう家の内訌である。畠山義宣は細川讃州家――六郎元もとひと結び、尾州家稙たね長ながは細川野州家――すなわち高国に属ついていた。

　大永四年西暦１５２４年九月十日１０月７日、細川本ほん邸ていの常つね御ご殿てんで細川高国と弟の虎とら益ます丸、そして、高国の三人の子らが共に夕餉を取っていた。高国の左手に虎益丸、聡そう達だつ丸、右手に六郎太郎稙たね国くに、六郎二郎持国と並んで坐ざしている。

　虎益丸は父・政まさ春はる亡きあと野州邸ではなく、父親代わりの兄・高国やその家族と共に本邸で暮らしていた。一同は食しょく餌じを済ませ、濁にごり酒ざけを飲み始めている。無論、聡達丸も虎益丸も土器かわらけの盃を片手に、舐めるようにしていた。二人とも大人振りたい年頃なのだ。

　初めは聡達丸や虎益丸も世上の話に加わっていたが、畠山義宣挙兵の噂に及ぶと静かになり、じっと耳を欹そばだてている。

「やはり、河内の火種に備えねばなるまいのぅ」

「父上がお出ましになるほどのことでは御座いますまい。ここは某それがしにお任せあれ」

　稙国は弱冠数えの二〇歳を過ぎたばかりである。明年、京けい兆ちょう家の家督を譲られることになっており、本人としてはそれまでに当主に相応しい戦功を挙げておきたいということであろう。些いささか逸はやっている様子が窺うかがえる。

「ならば兵三〇〇〇ほどを率いてもらおうか」

「はっ！　上総畠山義宣が首級くび、必ずや持ち帰ってご覧にいれまする！」

　稙国が高国に向き直って一礼した。大言壮語した稙国であるが、若さゆえか、些いささか肩に力が入り過ぎている。そもそも三〇〇〇如きの兵で、畠山義宣の首級を挙げることは無理だ。故に、それを見た高国は、総大将を任せるとはいったものの副将らの選定に迷った。

　安富や荒川らなどでは、稙国の抑えにならない。武略に秀でた評定衆を付けるならば、香こう西ざい四郎左衛門尉元もと盛もりと柳やなぎ本もと五郎左衛門尉賢かた治はるが適任である。稙国は総大将を任されたことに喜ぶあまり、父の表情を見逃していた。

（まだまだよのぅ……）

　そう心の中で思いながら、養父であった政元のことを思い起こす。稙国にはもう少し感情を抑え視野を広く持ってほしい所ではあるが、若き頃の高国も政元の目にはそう写っていたのかもしれぬ。いや、あの養父に限ってそんなことはあるまい、と思い直した。事実、政元は毛ほどの関心も高国には寄せず、修しゅ験げん道と衆しゅう道――しかも稚ち児ごにしか興味を示さなかったのだから。妻を迎えぬ政元へ、一門衆が煩く言ったために元・服・前・の・高国を養子とした。その後、政元は九く條じょう家との融和路線――公武合体を目指した段階で新たな養子――九條政基の末子を迎えると聡明丸の幼名を与え、高国はあっさりと野州家に戻された。そんな高国へ目を掛けるはずもない。故に、政元が高国をみた目と、高国が稙国をみる目とが、同じ訳がなかった。

　見守ってくれたのは、実父の政春である。政元に対する昏くらい思いを振り払うかのように頭かぶりを振った。

「此こ度たびの戦は気負わんでよい。尾州畠山稙長殿も既に下向されておる。義宣奴めの身み印しるしは彼奴きゃつが獲ろうぞ」

「されど！」

　手柄を見逃せと言われているようで納得がいかぬのであろう。稙国が膝を乗り出して、高国に迫ろうとするので、手を前に出し宥なだめるように手をひらひらとさせた。

「そう逸るな、六・郎・。おぬしはもっと大きな目を持て。兵を損のぅことなく、勝てばよい」

　父・高国の言葉を受けて、稙国の眼に強い光が宿った。