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第29話 特別チーム


 ORTUSの会議は、半年後に行われると言うことだった。

「新プロジェクトのお披露目と言うことで、会場は……」


 担当者と会話して、達也と上司の藤高は顔から血の気が引いていくのをかんじていた。せいぜい、達也が想像していたのは、ホテルの大広間を借り切って行う程度の大会議だった。それでも、参加者は数百名になる。


 けれど、国内でも有数のイベントホールを借り切って行うというので、規模としては、数万人規模だろう。『会議』というのは名前だけのことで、実際には、イベントというのが正しそうだった。


「う、うちでは……これだけの規模を単体では回すことは出来ないと思いますよ」

 正直に申し出た上司の言葉を聞いて、達也は、ホッとする。


「様々な業者さんに入って頂くことになるとは思います。その中で、佐倉企画さんには、この部分を担当して頂きたいと思っておりまして……」


 指し示されたのは、来場者というよりは裏方向けの掲示などの作業だった。こういうものは、大体、どこかの気が利いた人がやりそうな気もするが……と思っていると、


「こういう、どこの業者がやるのかよく解らないところが、グレーになっていると、他の業者の中で不満が出てくるんですよ。そうすると、目に見えてイベントの質が下がりますので……。存外、来場者だけではなく、ゲストやその他の方向けに遣ることも多いんです。以前、うちの会議で、受付や誘導のお手伝いをして頂いたというのを伺っておりますので、佐倉さんには、そう言うことを今回もお願いできればと思っています」

 と担当者の女性は、にこりと笑っている。


「そ、そういうことならば」

 と上司は身を乗り出して話を聞いていたが、大抵、そういうイベントだと、アルバイトで日雇いの人たちが雇われるのではないだろうか、とすこし不安になる。その疑問は顔に出ていたらしく、

「今回、機密保持契約を結んで頂く必要がありますので、短期の雇い入れというのが難しいのです」

 ということをさらりと言われた。


「あっ、そうですよね、新しい……新製品の開発などでしたよね。うん、それであれば、確かに、後々のことも考えて、身元のしっかりした人間を使うのは妥当ですよね」

 上司が、慌てた様子で、取り繕っている。


「そうなんですよ、やはり、アルバイトの子だと、さらっと準備している資料とかをSNSに掲載したりするので……リスクなんです。その点、佐倉企画さんは、しっかりしているという評判ですので」

 担当者が、にこりと笑うのを、達也は不思議な気持ちで聞いていた。


 たしかに、イベントの手伝いなども遣ることはあるが、『評判』になるほどではないだろう。そこに、違和感がある。


「評判があるのでしたら、嬉しいです……ちなみに、どんなところで弊社の評判を?」


「ああ、社内で、共有されているんですよ。こういうことならば、この業者に任せた方がいいとか、そういう情報です」


「そうなんですね、ありがたいことです。実は、前にお仕事をさせて頂いたときに、神崎さんとすこしお話しする機会があったので……神崎さんから何か推薦でもあったのかと思っていたんですよ」


 ははは、と笑いながら言うと「そうなんですね、弊社の神崎が……」と担当は驚いた顔をしていた。


「実は弊社は、事業規模が大きいこともあって、私も、神崎とは面識がないのです……。神崎と親しくしていた方でしたら、余計に安心ですね」


「親しいというほどではありませんし、おそらく、神崎さんも、もう出入り業者の一人くらい忘れていると思いますから……では、今回も、誠心誠意努めますのでよろしくお願いします」


 神崎が絡んでいる訳ではないと言うことが確定しただけでも、達也には安心出来たので良かった。


(まあ、確かに、イギリス在住で、会社のトップクラスの人だもんな……)

 そんな人が、幾ら大きなイベントとは雖も、関わってくることはないだろう。それだけは安堵した。




 ORTUS社のイベントの手伝いの件は、社内に特別チームが編成されることになった。


「ボクに任せてよ、絶対に失敗しない、万全のチームにするよ!」

 張り切っていた藤高を信じて、特別チームの編成をお願いしたのだが、チームメイトを見て、胃がキリキリ痛み出した。


 興水と、凪がいる。

 興水、凪、達也、そして上司というのが今回のメンツらしい。


(マジかよ……)

 たしかに、仕事ならばこの二人は心強い。だが、今は、この二人を避けている状態だった。


(あー……マジか、しんどいな……)

 ストレス溜まりそうだ……と、達也は溜息を吐く。


「瀬守とチームが組めて嬉しいよ」

「俺も瀬守さんと同じチーム、凄く嬉しいです」


 にこにこと笑っているものの、バチバチと火花が散っているのが解る。頭を抱えた。


「おおっ、心強いね、瀬守君っ!」

 満面の笑みを浮かべる上司の顔を裏拳で殴りたくなったが、そこは、社会人としてすんでの所で押さえた。


「藤高さん」

 興水が、上司に声をかける。


「ん~、なに、興水君」

「せっかくチーム発足なんですから、皆でキックオフと称して、飲みに行きませんか?」


「あっ、いいねー。でも、アレじゃない? 水野君みたいに、若い子は、飲み会に誘うとか言うと、いろいろあるんじゃないの?」


 上司・藤高は、『いろいろ』あったらしい。

 おそらくは、『仕事というなら飲み会にも残業代は出るんですか?』とか、そういうものだろう。


「えー、そんなこと言う若手って、本当に居るんですね。俺の周りには、少なくとも、飲み会は行ってみたいって言うヤツだらけですよ!」


 明るく笑う凪の真意は分からない。だが、藤高ではなく興水を見やって、バチバチに火花を散らしているのだけは、そろそろ止めて欲しかった。





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