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第31話 朝比奈と達也


 朝比奈に連れられたスポーツバーには、プロジェクターがあって、そこに野球の試合が映し出されていた。


 プレー開始が十八時。達也たちがたどり着いた時には、二回の裏が終わるところだった。


 店内は、それなりに人が多い。満席ではなかったので、すぐに入ることが出来て良かった。壁際の二人掛けの席。生ビールと、朝比奈一押しのフィッシュアンドチップスを注文して、ぼんやりと野球を見やる。


「朝比奈は、どこかのチームを応援してるの?」

「今、ビジター側に居るチームです。今年は、監督が替わったばかりで、なんか安定しないんですよねえ」


 たしかに、そういうニュースは見たような気がした。一昨年まで選手、去年は二軍監督を務めた人が、今年は一軍を率いているというのを聞いた記憶がある。


「ちょっと前まで二軍監督だった人?」

「そうなんですよっ! もともと、監督のファンだったんです」


「球場まで見に行ってたりした?」

「はいっ。年間パスっていうのがあって、それを買って……あとは休みを貰って、あちこち遠征してました」


「すごいな……」

 全国各地で試合をしている野球選手達も大変だが、一緒に全国津々浦々を移動するファン達も大変だ、と溜息が出る。


「瀬守さんは、なにか、ハマってるのとかあるんですか?」

 不意に聞かれて、面食らう。人に言えるような趣味はなかった。唯一、スポーツ感覚で楽しんでいるのは、セックスだが、最近、それも、すこし遠ざかっている。


「いや、ないな……」

「そうなんですね」


「なんか、すこし趣味が出来ると良いかもしれないな……とは、ちょっと思ったよ」


「無理はしなくても良いんじゃないですかね。あ、もし、野球に興味があるなら、スタジアムに一緒に行きましょうよ。ビールが沢山あるスタジアムとかもありますよ!」


 野球には興味が無いというのは、バレているらしい。そんなに興味なさそうな顔をしていただろうかと、すこし、朝比奈に申し訳ない気分になった。


「野球観戦とかだと、結構好きそうな奴いるよな……。たしか、藤高さんとかも、野球好きだったと思うぞ」

 藤高、の名前を出した瞬間、朝比奈の動きが止まった。


(あれ、なんだろう)

 直属の上司だから、いろいろ思うところはあるのかも知れない……とは思ったが、朝比奈と藤高は、端から見ていれば関係は良好に見える。


「あ、藤高さんって……、野球、好きなんですか?」

「ああ、たしか……。甲子園目指して、結局地方予選敗退で、諦めきれなくて六大学に行って、そこでも試合に出られたのは一回だけとか……神宮球場のグラウンドに立った話って、何回も聞かされてたよ」


「そ、うなんだ……」

 朝比奈が、ぽつり、と呟いて俯く。


 なんというか、すこし、反応がおかしい。ような気がしたが、よく解らなくなってきた。


「藤高さん、今、瀬守さんのチームじゃないですか」

「うん」


「……そのチームって、俺も、お手伝いできることないですか」

 ああ、これが本題だったのか、と達也は思った。


 すこし、考えてから、返答しようとしたとき、ビールが運ばれてきた。達也が注文したのはスタウト、朝比奈は黒ビールだった。


「あっ、飲もうか」

 グラスを重ねて乾杯してから、ビールを飲む。缶ビールでは味わえない、もったりした泡と、ビールの風味が良い。


「……ああ、美味い……」

「本当ですね。俺の黒ビールも美味しいです」


 ビールを飲んですこし気分が落ち着いたところで、朝比奈の問いに答えることにした。


「多分、手伝って貰いたいことは沢山あると思う。その時に、力を貸してくれたら嬉しいな」

 それに、興水・凪コンビに囲まれていると、ストレスで胃がキリキリしてくる。緩衝材が居てくれるならば、何よりありがたい。


「藤高さんも、了承してくれますかね」

「ああ、それは大丈夫だろ。……藤高さんも忙しい方だから、少しでも、負担が減れば助かると思うよ」


「本当ですかっ?」

 朝比奈の顔が、パッと明るくなる。


「おう。……っていうか、朝比奈は、仕事熱心だなあ……。普通、他の部署とかチームのことまで気が回らないだろう? それを、いろいろ考えてくれるだけで、凄く助かるし嬉しいよ」

 朝比奈は「実際、手を動かしてから、誉めて下さいよ」と小さく呟く。


「そうだな。でも、期待しておく」

「ありがとうございます。ところで……今回のチームは、瀬守さんと、水野と、興水さんと、藤高さんだけですか?」


「今の所はね……でも、何かあったら、朝比奈のことを推薦するよ」

「ありがとうございます!!! ……それで、俺、あんまり、興水さんのこととか知らないんですけど、どういう方なんですか?」


 朝比奈の素朴な疑問に、達也はどう答えて良いのか迷いつつ、言葉を選びながら返答する。


「興水は、俺の同期なんだけど……、あの通りで凄いやり手だからさ、トントン拍子に出世して、いまじゃ、藤高さんと同じ課長だよ。だから、俺と同い年。だから、年齢は二十九歳」


「そうなんですね」

「……たしか、興水が昇進するまでは、最年少課長は、藤高さんだったんじゃないかな。藤高さん、今……たしか、三十八だったかな。すこし、老けて見えるけど」


「そんなことないですよ、藤高さん、渋くて良いじゃないですか」

「その『渋くて』って、すでに、老けてるっていう意味に聞こえるけど」

 達也が笑うと、失言に気付いたらしい。朝比奈は、あっ、と口許を押さえて「言わないでくださいよ」と、恨めしそうに達也を見やった。 


「解ってるよ、言わないって」

 笑うと、朝比奈は、なんともいえない、苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。



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