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第33話 恋愛相談


 プロジェクターでは、野球の試合が映し出されていて、ピッチャーとバッターが、にらみ合う展開だった。スコアボードを見ると、二塁三塁に走者がいて、2ストライク。緊迫した場面である。


「あっ、だから、そんなに気にしないでくださいよ……すみませんっ……っ」

 朝比奈が恐縮しているので、申し訳ない気分にはなった。


「まあ、同僚とかから、そういう風に言われると、さすがに、傷つくよ」

「すみませんっ……今度から、そう言うことを言うヤツが居たら、怒っておきますので!」


「そこまでしなくても良いよ」

 とは言いつつも、やはり、気分は沈む。


「……っていうか、なんだよエロいって……」

「んー……なんか、瀬守さんって、めちゃくちゃ美形とかじゃないじゃないですか」


 朝比奈は、割合失礼なことを言ってくるが、黙って達也は聞いた。

「まあ」


「でも、なんか、雰囲気が、ちょっと独得っ? というか」

「なんだろ、誘われたら、ほいほい付いていくような感じに見えるのかな」


 首を捻る。マッチング相手からは、そういう風に言われたことはない。今まで、同じ相手と関係を持ったのは数えるほどだったし、そういう相手は、ある日ぷつりと連絡が途絶える。そういうものだから、別に、達也に何か誰かを引きつけるような魅力のようなものがあるとは、思っていなかった。


「うーん、なんか、そういう軽い感じじゃないんじゃないですかね。よく解らないんですけど、一部の奴らには、瀬守さんが、魅力的に見えるんだと思いますよ」


「まあ、そういうヤツに出会わないことを祈るよ」

 げんなりした気分で呟くと「何でですか?」と朝比奈が無邪気に問いかけてくる。


「何でって……、ストーカーとかになったら怖いじゃないか」

「あっ、確かに、わかる。それはなんとなく解る。瀬守さん、なんかストーカーされてそう」


「ストーカーされるとか、どういう雰囲気なんだよ」

 溜息を吐いていると、ソーセージの盛り合わせが届いた。

 太いソーセージは、手作りのようだった。


「これ美味そうですね。ビールが進む~」

 朝比奈が無邪気にソーセージを頬張りつつ、ビールを流し込む。丁度、ビジター側のランナーがホームに帰ったところだったが、朝比奈は、試合の行方よりも、ビールとソーセージに夢中のようだった。


 ソーセージは、太くて、塩気が強い。食べ応えがあった。


「あ、本当だ、美味しい」

「なんか、ビールが進む味ですよねっ!」


「本当だな」

「あっ、俺、フィッシュアンドチップスも良いですけど、ドイツも行ってみたいですね。ソーセージとビールが美味しそうじゃないですか」


「ああ、ドイツと言えば、ソーセージとビールのイメージあるよな。それに……確か、日本でもあちこちでオクトーバーフェストとかやってるみたいだし、手軽に国内から始めるのも良いかもしれないな」 

「あっ、良いですね。行ってみたい。あっ、今度、一緒に行きましょうよ」


「えっ」

 一瞬、さっきの話を思い出してしまって、警戒してしまった。それは、朝比奈にも伝わったらしい。


「あっ、俺は、瀬守さんのことをエロいとか思ったことないですよ!」

「お、おう、ありがたいよ……」


「……俺、好きな人居るんですよ」

「うん。社内?」


 朝比奈の顔が、真っ赤になっているのは、酒のせいだけではないだろう。


「そ、そんなの、どうでも良いじゃないですか」

「まあ、いいけどさ、詳しくは聞かないよ。で、相手のこと、誘ったりは出来てるのか?」


「全然なんですよぉ、だから、どうしたら、相手に興味を持って貰えるか、教えてくださいよぉ」

 朝比奈が泣きついてくる。


「興味、ねぇ……」

 そういえば、達也は、今まで、相手に振り向いて貰おうと必死になったことは、ないような気がしていた。


(いや、ちがう)

 必死だったことはあった。神崎だ。神崎と関係を持って、神崎に惹かれて神崎に気に入られたくて、何でもしたような気がする。


(我ながら、浅ましいな)

 今更になると、アレは、完全に『黒歴史』だ。好きなように弄ばれたあげく、相手は妻子持ちでした。そんなのは、まったく、自慢にもならない。相手から訴えられないだけでも、御の字だ。


(訴えられる――か)

 そう考えると、気分が沈んでくる。


 達也に取っては、本気の恋だった。けれど、神崎にとっては、完全に『遊び』だったし、神崎の妻子からしたら、家族が居るのに、性的な接触を持ったということで、慰謝料を請求されてもおかしくないような行動だったのだ。


 犯罪、ではないかも知れないが、限りなくそれに近いだろう。


「あれですかね、相手の好みを調べてたり、して、なにか共通点を探したり……とかですかね」

 それは神崎に対して達也がして居たことだった。


 振り向いてほしかった。身体の関係だけではなく、もっと、深いところで繋がりたかった。


「そうだな……だけど、やり過ぎはいけないと思うし、相手が迷惑して居るようだったら、ちゃんと引かないと駄目だからな?」

「うー……解りました」


 朝比奈は、すこしうなだれて見せた。果敢に恋に挑みたいのは、解っている。

 それがうまく行く相手ならば良いが、そうとも限らない。


 朝比奈が、どういう相手に惹かれているのか解らないが、相手の事を思いやるのは必要だった。


「まあ、俺で何か協力出来ることがあったら、協力するよ」

 そう請け負うと、朝比奈は「ありがとうございます!!! 絶対ですよっ!」と顔を輝かせた


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