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第34話 コイバナ


 普通にしているのに『雰囲気がエロい』というのは一体どういうことなのだろうか。


 最近、達也はそんなことを考える。

 達也自身に全く自覚がないので対応も困る。


(顔は十人前だしなあ)

 性格もそんなに良いわけではない。仕事は、そこそこやっているが、そこそこだ。それほど勤勉でもない。


「それにしても……」

(朝比奈の好きな人って誰だろ……)


 安易に協力するとか言ったような気もするが、そもそも、自分のことで手一杯な達也が、他の人の橋渡しまで出来るとは思えない。


(っていうか、俺のは、恋愛じゃないだろう……)

 恋愛にしたい、と思っていて、恋愛していると勘違いしていたのは、神崎だった。凪のことは、なぜかだらだら流されているだけで、あとは知らない。


 本当は、流されているのも良くないとはわかっているのだが、どうしようもない。理屈で、割り切ることが出来ない。


 達也は、デスクに頬杖を突いた。凪のことはどうすれば良いかと思っていると、眉間に皺が寄っていたらしく。それを見かけた藤高が、


「おいおい、なんか問題でも起きてるのか? 凄い、怖い顔をしてモニターを睨み付けてるが……」

 と声を掛けてきたので、ハッとした。


「あ、済みません。……例のプロジェクトの件で、ちょっと、発注規模とか考えてたんですよ。うちでは、今まで担当したことがないくらいの規模だから、想像が付かなくて」


「ああ、そうか。確かに難しいよなあ。完全招待制だったらともかく……」


 一部紹介制。プレス用の日と、一般用の日がある。プレス用の日は、大体、数が把握出来るが、一般用の日が読めない。


「物産展とかだと、どのくらい用意してるの?」

 口を挟んで来たのは、興水だった。


「あー……あっと、このくらいです。大体、これで、ギリか足りなくなるかという感じです」


「結構多いね。最悪、プレス用の日は絶対に足りなくならないようにしなきゃならないけどね。……プレス用と一般用で、何か用意するものは違うの?」


「えっ? ……ええ、結構違います。お渡しするパンフレットも違いますし、ノベリティも違います」


「じゃあ、まず、さくっとプレス用の日の分だけざっくり計算して、あと一般については、先方と一緒に詰めて行けば良いんじゃないかな。余っても良いから、とにかく全員に配るのか、それとも、そうでないかは、向こうの判断に委ねれば良い」


「あ、そうですね。ありがとうございます」

 興水の言葉に同意して、確認のメールとそれに添付する資料を作っていく。


 仕事に集中しなくては……と思っていると、不意に、興水が隣に立っているのに気が付いた。


「あれ、興水?」

「……ちょっと、二人で話したいことがあるんだけど、今日、時間とって貰えないかな」


 興水が、皆に聞こえるように言う。

 この部屋には、今、藤高と達也、そして興水しか居ない。凪は、別件で外回りに出ているところだった。


「ここだと無理な感じ?」

 警戒しながら問うと、「うん、ちょっと相談したいことがあってね」と興水は言う。


「じゃあさ、スムーズな相談のために、相談のアジェンダだけ送って貰えると助かるんだけど。いまから、クライアントに連絡したいと思っていたからさ」

 ここまでいえば、興水も引き下がるだろう。


「じゃあ、あとで時間を取って貰えると助かるよ。あ、ちゃんと相談だから、アジェンダは送るよ」

 やんわりと微笑みながら、興水が去って行ったのを見て、すこしだけ、ホッとした。


 しばらく仕事に集中していると、興水からチャットが入る。



『今回のプロジェクトに、そろそろ追加で人員を入れなければならないが、どうすれば良いか思案している』



 そこからは、なぜ思案しているのか、選出方法など、いろいろ考えているようだった。


『最初からお前と会話してる藤高さんを差し置いて俺が提案するとおかしな事になるから、お前の方に立ち回って欲しいと思っていたんだ。

 で、なんで急にこんな話をしているかというと、来期の予算がそろそろ決まるという話が出てきたから、その前に、動かせる人材は動かしておきたいと思った』


 なるほど、と達也は納得した。

 藤高の顔は立てたい。しかし、早く、人を動かしたい。というわけで、急に内緒話をしたいと言うことだったか。


 それならば、話は早いほうが良い。

 達也は、すっと席を立って、興水のところへ向かう。


「興水。俺の方は、手が空いたけど」

「あ、助かる」


 興水も立ち上がろうとすると、隣に座っていた藤高が「おっ、なんの相談?」と口を挟んで来た。


 どうしようかなと思っていると、興水が「こんな時にアレなんですけど」と小さく断ってから、「ちょっと、飲み会のセッティングと、コイバナでして」と笑う。


「あっ、そーか、おまえら、同期だもんなあ」

 といいつつ、そのまま送り出してくれる。


 仕事中に雑談するのも、別に、禁じられているわけではないが、今からコイバナをしにいくという部下をそのまま休憩に行かせるのも、なんだかなあと、達也は思った。


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