「興水は、ここをどうやって知ったの?」
「ん? 散歩の途中で気が付いた」
「散歩……?」
思わず、変な声を出してしまった。
「なんだよ」
「いや……お前も、なんというか、散歩とかするんだ、と思ってさ」
「そりゃするだろ、散歩くらい」
興水は、すこし呆れたように言う。
「そっか。なんか、お前は、もっと無機質な感じかと思ったよ」
「無機質って……」
興水が絶句する。
「効率厨とか、そんな感じ」
「それは、お前の方だろ……」
興水が呆れた声で言う。コーヒーの香りが一層強くなった。店主がコーヒーを運んできてくれたようだった。
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
ソーサーに載ったコーヒーというのを久しぶりに見た気がする。
コーヒースタンドでは、コーヒーはマグカップで提供されて、ソーサーには載ってこないからだ。そして、ソーサーの端に、小さなクッキーが一つ置いてあった。
「良い香りだな」
「うん」
コーヒーはよく飲む達也だったが、善し悪しはよく解らない。コンビニのコーヒーだと濃い感じがするというか、なんとなく『効いている』と思うくらいなので、コーヒーというよりカフェインを欲しているだけかも知れない。
自分で淹れるコーヒーもすこし濃いめに淹れているが、ここのコーヒーは、自分で淹れているよりもすこし軽くて、酸味が立っているようだった。
「あ、美味しい」
「なら良かった。……今日はコスタリカみたいだな」
「コーヒーも産地別なんだ」
コスタリカが国であることは達也も知っている。だが、どのあたりにあるのかは、解らない。
「産地によって、大分風味が違うよね」
「その割に、コンビニとか、カフェとかは、いつも同じ味に感じるけど」
「それも凄い企業努力だよね。農産物なんて、できばえが違うんだしね」
興水の言葉を聞いて「たしかに」と達也も納得する。
出来映えや、個性を味わう店もあり、いつも同じ味を世界中どこでも楽しめる店もある。これは、中々凄いことだと感心した。
「それで……、プロジェクトの件だよね?」
「うん」
「さすがに、今のままだと、プロジェクトが頓挫しそうだから、三人くらい、メンバーを追加したいんだ。で、俺と藤高さんの上って斉藤部長だろ? そっちには、うっすらOKもらってるから、入れたいメンバーとか居れば教えて欲しいんだよ」
「あー……そういう意味なら、朝比奈とかは? あと、うちのチームなら池田さんとかがいいと思うけど」
「なるほど、手堅そうなメンバーだな。じゃあ、うちからは羽村さんかな」
羽村というのは、達也たちよりすこし年上だったが、目立つ立ち回りが好きではないのか、昇進を断り続けている人だった。だが、仕事は正確で早いし、フットワークも軽い。何度か、一緒に作業したことがあるが、安心して仕事を一緒に出来る人という印象だった。
「羽村さんって、案件、凄い抱えてなかった?」
「それは、いつも問題だからさ、コレを機会に、羽村さんが抱えてる案件を他に振っていけば、羽村さんのやれる範囲が増えそうなんだよね」
なるほど、と達也は興水のやり方は参考になるな、と思った。
目先だけだと、確かに、全部今までの担当者に任せていた方がラクになる。けれど、そうしていると、担当者が一人体調を崩したときなどに、会社全体が慌てる結果となるだろう。そういう意味では、リスク分散はしておくべきだった。
「なんだかんだ、ちゃんと管理職やってるんだなあ、興水は」
「どういう意味だよ」
「んー。目先だけじゃなくて、もっと広い視野で物事を捕らえてるから、凄いなと思ってるだけだよ。俺は、まだ出来ないな」
「そのうち出来るようになるだろ。わりと、瀬守は面倒見がいいから」
「えー? そうかな」
誉められたのか、と思うと、すこし嬉しくて、照れ隠しにコーヒーを飲む。コーヒーは、先ほどより、酸味が立ったようだった。
「味が、結構変わる……?」
「多分ね。エスプレッソなんか、すぐに変わるから、入れて貰ったらすぐに飲まないと美味しくないっていうし……時間が経つと、変わっていくって言うのは、面白いよね。無機質じゃなくて良いと思う」
「コーヒーに限っては淹れ立てのほうが美味しい気がするけど」
「たとえばさ、人間関係だってそうだと思うんだけど……第一印象と、そのあとで印象が違う人っていうのはいると思うんだけど……、そういう、ギャップも、ギャップを埋めていくのも面白いと思うよ」
「へー」
興水はポジティブだなと、達也は思う。例えば達也ならば、あまりにも気が合わない人とはすぐに縁を切るだろう。それに、一度何かがあった相手とは距離を置くだろう。そういうものだ。
「俺は、お前とも長い付き合いをしたいけど」
何を言い出すのかとおもって、達也は焦る。
ここは、カフェだ。狭い店内で、会話は、店主に筒抜けだろう。焙煎に集中しているから気が付かないかも知れないが……それでも、気になる。
達也は、自分の性嗜好を公にしていない。それは、興水も同じだったと思うが……。
「こういうところで……」
「仕事の話だよ」
にこり、と興水は笑う。
「っ……っ!」
からかわれたのか、あしらわれている感がして、なんとなく悔しい気持ちになる。
「……まあ、仕事では、お前は、味方だったら非常に心強いよ」
「そう言ってくれると嬉しいよ。さもそろそろコーヒーも飲み終わったし、帰ろうか」
「おう」
達也が財布を出そうとしたとき、興水が手で制した。
「コーヒー、買って帰りたいからここは俺が出すよ」
そう言われてしまうと、強くでることが出来なかった。