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第56話 凪くんにはさせたくせに



 翌朝の目覚めは悪くなかった。


 二人分の朝食がなかったので、出勤がてらコンビニで朝食を調達していくことにして、早めに出勤することにした。会社にたどり着くと、興水とすれ違った。昨日のままの姿だったので、きっと、会社に泊まったのだろう。


「おはようございます」

「おはよう、興水……もしかして、寝てない?」

 興水の顔はどんよりしていたし、目の下のクマも濃い。


「今の時間まで掛かった。……ちょっと、今から、タクで現場行ってくる」

「ちょっと待って!」


 達也は、持っていたコンビニで調達してきた朝ごはんを、興水に渡す。

「えっ?」


「メシ。なんにも食ってないだろ。ちょっと食え。……あと、俺も一緒に行く。お前一人だと、心配だ。おい、凪、会社の冷蔵庫に、飲み物入ってるだろ。ちょっと持ってきてくれ」


「解りましたっ!」

 凪が猛ダッシュで走り去る。


 コンビニで買った、パンとおにぎり、それとコーヒー。とりあえず、今からまだ仕事に出るのならば、栄養補給は必須だ。


 程なくして戻ってきた凪から、

「これ。飲み物と、おやつ置き場のプロテインバー。それと、缶コーヒー。あと、これ、洗顔シートです」

 とビニール袋を渡される。


「うん、サンキュ」

「じゃ、興水、タクシーの中で支度して行くぞ」


「え……でも、お前、仕事は……?」

「凪と藤高さんがなんとかするだろ」


 興水は、戸惑っているようだったが、チラッと凪に視線をやって、「済まない、助かる」と手短に返事をしてから、コーヒーを飲んだ。今まで何も飲んでいなかったのではないかと思うような勢いで、興水は飲み物を飲み干す。そして、コンビニで買ったサンドウィッチを口に放り込んだ。


 出社するときにメシを買ってきてくれ、と一言言ってくれれば良いのに、興水は、そう言うことはしないようだった。肝心の所で、人を頼らない。それは、興水の性格というか性分のようだった。


「興水。タクシーの中で、ちょっと概要だけおしえてくれ」

「解った」


 達也も凪から受け取ったプロテインバーを口に放り込む。ナッツがぎっしりと固められたタイプのプロテインバーなので、腹持ちが良いし、食べ応えがある。味気ない、クッキータイプのものよりは、気分が良かった。


 程なく到着したタクシーに乗り込む。運転手が「目的地までは、一時間くらい掛かると思いますが、今、出勤時間なので、すこし掛かるかも知れません」と告げたので「安全運転でよろしくお願いします」と返しておいた。


 興水が食事を終え、洗顔シートで顔を拭き終えたのを見届けて、現在の状況を教えて貰うことにした。


 今日、マルトミスーパーという、すこしはなれた所のスーパーで催事がある。その広告と企画などを担当したのが、興水だった。ところが、手違いで、実演販売分に必要な消耗品が届いていないという。そこまでは、昨日の夜に知っていたことだった。


「……結局、ビニール袋の件は、今、印刷所待ち。初日は、お店のロゴが入らないビニール袋になりそうだと言うことで、急遽、ショップカードを作ることにした。昨日の夜、入稿から最短3時間でショップカードを刷ってくれる業者を見つけたから、そこにお願いして、ショップカードを配ることで代替えにすることにした」

「ショップカードって……」


「昨日の夜、俺が作った。……とりあえず簡単なDTPならちょっと出来る。あとは、藤高さんが夜中中あちこちに手配してくれて、なんとかなりそうだ。催事は、四日あるから、まず初日を乗り切らないと……」


 ショップカードの印刷や、その他急遽発生した手配などは、会社で持つはずだったが、その分、利益が減ることになる。そういう所も含めて、興水は計算し直した上で、利益はちゃんと残るように、動いているのだろう。


「向こうに着いたら、第一に、謝罪だろうな」

 そして現状の、共有をするという手はずになるだろう。


「そうだな。……とりあえず、謝罪が一番だな」

 大体、言われることは想定しておこう。だが、反論はしない。言い争っている間にも、刻一刻と、スーパーの開店時間は近付いてくるだろうからだ。


「興水」

「なに?」


「一旦寝とけ。膝貸してやる」

 興水の顔が、ゆでだこみたいに真っ赤になった。


(え、なんで、俺の膝枕が、そんなに気になる?)


「い、イヤなら……」

 イヤなら良いよ、と言おうとしたら、すぐに、興水はごろんと達也の膝に頭を乗せた。


「野郎の膝枕って、楽しいか……?」

 思わずぽつりと呟いたら、膝の上の興水が、にんまりと笑う。


「……最高」

 あ、そ。と達也は呟いて、窓の外へ視線を遣った。町が、遠ざかっていく。あちこちの道から、車や歩行者、自転車が集まってきて、メインストリートと言うべき国道に流れ込む。流れは、詰まってしまい、滞る。その滞りの一部になりながら、達也は、膝に乗る、興水をできるだけ意識しないようにしていた。


 頭の重み、暖かさ。時々、すこし湿り気を帯びた、吐息が掛かる。


 自分の頭を撫でるつもりだったのか、興水が手を顔の所へ持ってきてから、達也の膝に置いた。そこを、そわそわと、撫でている。


「っ……っ!」

「凪くんにはさせたくせに」


 すねて見せる興水は、いつもより、幼く見えた。



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