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第57話 膝枕って……なんか安心するんだよね



 興水と共に訪れたマルトミスーパーでは、ギリギリまで夜通しで対応していたおかけで、一部、理想の形ではなかったが、無事催事をスタートさせることが出来て、最初のお客さんに、できたてのお好み焼きを渡すことが出来た時には、脚から力が抜けて床に崩れるかと思った。


「良かった……」

「瀬守、助かった。お前がいなかったら、ダメだった」


 そんなことはないよ、とは言おうとしたが、実際の所は、現場入りしてからは、怪事用の設営が間に合っておらず、倉庫とスーパーを何度も往復しながら会場を設営したり、荷物が宅配便の営業所留めになっていたので、マルトミスーパーの社用車を借りて営業所まで荷物の引き取りに行ったり、とさんざんだった。


 材料の方も、こちらまで届いていないと言うことが判明して、今日は乗り切れるが明日以後はマズイかも知れないと言うことで、方々に連絡して、なんとか、催事期間の為に用意して居たすべての材料の確保に至ることが出来たが、それは、夕方になっていた。


 途中、見かねたスーパーの店員が、惣菜売り場で扱っているお弁当を持ってきてくれたり、お茶を差し入れてくれたりしたのが、本当にありがたかった。


「最初、どうなることかと思いましたが、うまくいって良かったです。おそらく、これなら、明日以後も大丈夫だと思います。わたしたちも、初の催事だったので、佐倉企画さんにお願いして良かったです」


 店長からそう言われたときには、涙が出るかと思ったほどだ。


「トラブルでヤキモキさせてしまったようで、申し訳ないです。……私達は、そろそろ引き上げます。お弁当の方、とても美味しかったです。ありがとうございました」


「あ、良かった。うちの看板商品なんですよ!」


「ええ、カツ丼なのにまだ、衣がサクサクしてて、ご飯も多めだし、出汁が利いていて本当に美味しかったです。あれなら、成人男性でも満足の量ですよね」


「実は、カツも揚げたてを使ってるんです。トンカツとして売っているカツとは別に作ってるんですよ」


「すごいですね。本当に美味しかったので」

「誉めて貰えて嬉しいですね。また、いらしてくださいね」


「はい。特別トラブルがなければあとは、最終日にお伺いしようと思います」

 あとは挨拶をして、スーパーを去った。


 タクシーの配車アプリは、サービス対象外の地域だったので、とりあえず、近くの駅まで歩く。

 達也のほうは、凪と藤高に連絡をいれると、



『今日は疲れてるだろうから、興水と一緒に直帰すること。

 興水のことは、自宅まで送り届けてくれ』



 という藤高の指示があった。なお、凪からは『昨日と逆ですね』といってタク代として昨日預かった分、達也のほうに送金があった。


「お前のこと、自宅まで送り届けろってさ」

「そっか」


「タク代貰ってるから、駅でタクシー拾おう。その前に、晩飯でも食って帰る?」


「あー……そうだな。いや、メシはいいや、とにかく、眠くてヤバイ」

 興水は往き道のタクシーで仮眠を取っただけだ。確かに眠いだろう。


「わかった。タク捕まえよう」

 駅前まで歩いて十分。そこに行けばタクシーくらい捕まえることが出来るだろうと思っていたのが甘かった。


 タクシーは、出払っていて、到着まで、三十分かかると言うことだった。


 時間を潰そうにも、カフェの一つもない。

 それでもコンビニがあったのは幸いで、まだ『イジワルではないベンチ』に座りながら、コンビニのコーヒーと、シュークリームを頬張っていた。とりあえず、小腹満たし程度であれば、それなりにカロリーが取れるだろう。


「興水、大丈夫か?」

「いや、正直、意識が飛ぶ」


「そうか……」

 申し訳ないとは思いつつ、興水に倒れられても困るので、達也も積極的に話しかけるしかない。


「とりあえず、タクシー会社には連絡したから、もうちょっとだけ耐えてくれ」


「解ってる……それにしても、本当に助かった。宅配便の営業所だって、俺のこのかんじだと、車を運転するのは厳しかった」

 たしかに、と達也も納得する。


 しかし、その分、興水は興水で、届かない材料の手配やら、現場の仕切りやらをやっていたので、そちらも大変だっただろう。


「とりあえず、良く乗り切ったよな、俺たち」

「ああ。新規顧客案件、なんとか潰さずに済んで助かった」


 今回は催事だし、特に、わざわざ大阪から有名店の店員が、四日間もお好み焼きを作りに来てくれると言うこともあって、絶対に失敗出来ないイベントだった。自社だけでなく、スーパー、お好み焼き屋にも迷惑が掛かるのだ。それを思うと、成功できて良かったと胸をなで下ろすしかない。


「あのさ、瀬守」

「んー?」


「帰りも、膝枕、お願いして良い?」

 改めて言われると、無性に恥ずかしくなるが、「まあ、へるもんでもないし」と素っ気なく了承する。すると、興水は「うん、ありがたい」と笑った。


(膝枕って、そんなに、良いもんかねぇ)

 とは達也は思う。それ以上、聞くことはしなかったが、達也の表情をみて、なんとなく察した興水が、独り言のように小さく呟く。


「膝枕って……なんか安心するんだよね」

「へぇ?」


「全部預けてる感じがするっていうか……安心感があるんだ。それで、好き、体温とか、感触とかさ……」

「あ、そう……」


 同意しかねる達也は、素っ気ない。どうせ『枕』ならば、腕枕の法が、気持ちが良いような気がするな、とは思った。あれは、ぴったり抱きつくことも出来るし、全身で相手のことを独り占め出来る感じが良い。


 そこまで思った時、なんとなく、それは、受け入れる側と、そうでない側の嗜好の差なのかもしれないと、うっすら思って、すこし、嫌な気持ちになった。




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