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第59話 良いバディ


 興水がストーカーだった事には驚いた。

 部屋の様子は、尋常ではなかった。


 興水の部屋は、ゴミだらけだった。ただ、あの寝室だけが、綺麗になっていた。達也の写真で飾られた壁。そして、ベッド。それだけがあの家の中で、綺麗な状態を保っていた。


 今の興水は、もしかしたら、達也に対する『恋愛感情』だけで、なんとか、正常な状態を保っているのかも知れない。そう思うと、なんとも言えない気分になる。


(俺は、精神安定剤じゃねぇんだよ……)

 勝手に、人をそういう事につかうな、と言いたい。


 そして、また、あの部屋の中で、興水は自分の欲望を、達也の写真に向かって解放しているのだと思うと、それも、気分が悪い。


(同期の上司に、おかずにされてました……って、全く、嬉しくねぇな……)

 ため息を吐く。


 凪と一緒に居るのは、ラクだ。何を言わなくても、身体の相性も良い。だが、そろそろ、別に、セフレでも作る時かも知れない。凪といい、興水といい、相手にするのは面倒になってきた。


 部屋に戻り、スマートフォンを確認する。

 現在時刻は二十一時。まだ、仕事をして居るかも知れないと思ったからだ。


 メールを確認する。状況を纏めた簡潔なメールが届いていた。


 一つは、興水と一緒に手がけて、凪と出張に行った会社の件。そこからは、まず『お試し』ということで案件が受注出来そうなので、明日、話がしたいという連絡だった。そして、『寄せ鍋の会』のほうは、大枠が決まって、一度、対面でミーティングがしたいと言うことなので、チームで一度先方のところに会いに行こうということになった。


 顔を見ると、まずは安心するということだった。四十代くらいの担当者だったが、その年代の担当者は、対面を一度や二度入れる傾向がある。それは、先方からの希望と言うことで、達也も了承した。


 他に、目立ったトラブルはない。

 達也が個人的に抱えている案件も然りだ。


(あー、良かった……)


 とりあえず、今は、これ以上のトラブルが発生しないことを祈るばかりだった。これ以上、何か、トラブルが発生すると、どうしようもない。精神的にも、オーバーフローすること間違いなしだった。






 一日一日を綱渡りでやり過ごしている。

 凪の事も、興水の事も、仕事自体も。


 どうして『毎日が同じ事の繰り返し』などという感性の鈍いことが言えるのだろうか。毎日、目の前の仕事をやり過ごすのに精一杯だ。綱渡り。


 或いは、緩急が付きすぎていて、ジェットコースターのような日々だと、達也は思う。


 それでも、見る人が見れば、『毎日が同じ事の繰り返し』などと平坦にイコライジングされるのだろうか?


 興水の家で衝撃的な寝室を見た翌日、興水は、いつもと変わらぬ、キラキラとした姿であらわれた。


「おはよう、達也」

 キラキラは、五倍増しで、見る人が見れば蕩けそうな笑顔を浮かべながら、興水が言った時には、腰を抜かしそうになった。


(はぁっ? なんだって!?)

 まさか、名前を呼ばれるとは思わなかった。


「あー、おはよう……なんか、どうしたの、興水……?」

 顔を引きつらせながら達也が応じると、興水は露骨に悲しそうな顔をした。


「酷いなあ」

「ひ、酷いって?」


「昨日、うちで、これからは名前で呼び合おうって決めたのに」

(そんな事、一言も言ってないだろうっ!!!!)


 叫び出したかったが、部長や藤高の前だった。ヘタに、否定も出来なかった。


「あー、そうだっけ」


「まあ、いまさら、名前で呼ぶって言うのも照れるけどさ。俺たち、良いバディになれそうじゃないか。最近、一緒に組むことが多いし、お前と一緒だと、凄く仕事がやりやすいんだよね!」


 ことさら爽やかな笑顔で言われて、全身の肌が粟立った。


「バディ……」

「この所、お前に助けられてばかりだからな。今度は、お前が何かピンチになったとき、絶対に俺が助けるよ」


 爽やかな笑顔のままで言う。

 周りの社員たちは、興水の満面の笑みに吊られて、『同期同士の微笑ましい光景』として認識して居るようだった。


「もしかして、俺の名前って、忘れた?」


 秀麗な眉を寄せて、露骨に残念そうな顔をする。コイツは、自分の容姿が、どういう影響を与えるのか、知悉しているようだった。存外、良い性格をしているようだ。


「忘れはしてないよ、千尋、だろ」

「そうそう。じゃあ、今日から、達也と千尋で」


 しまった、と達也が思ったときには、遅かった。

 そして、程なくしてLINEにメッセージが入る。



『バレたからには、俺は本気でお前を落とすからね』



 いい加減にしてくれよ、と思いながら、達也は深々とため息を吐いた。凪が、物陰から、ものすごい形相で睨み付けているのは、気付かないふりをした。



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