興水と達也が『バディ』になったのは、社内にあっという間に広がっていた。
達也としては『冗談じゃない』という所だったが、あがけばあがくほど、興水の策にハマっていくような感じがあった。
凪からは『どういうことなんですか』『興水さんとしたんですか』『なんで名前呼びなんですか』『バディってなんですか』『興水さんが好きなんですか』などとひっきりなしにLINEが入ってきたので、
『仕事をしろ』
と一言で黙らせておいた。
これからどうすれば良いのか、達也は、頭を抱える。
(引っ越しと、セフレを作るのを同時にやるか)
それしか道はない。しかし、引っ越すのも、バレそうだ。何しろ、向かいの部屋から監視しているのだ。
興水は、かなり、機嫌が良さそうだった。
だまし討ちのような形で、『バディ』扱いしたのだ。興水の思うつぼなのだろうから、機嫌が良いのも仕方のないことだろう。達也には、腹立たしくて仕方がないが。
上機嫌な興水、イライラしている凪に囲まれて、達也は、ため息しか出ない状態だった。
見かねた、池田が、「ちょっと休憩に付き合って下さいよ」と言ってくれなければ、胃痛とストレスで倒れていたかも知れない。
「しかし、なんで興水さん、急にバディとか言い出したんですか?」
池田は、缶コーヒーのプルトップを開けながら、達也に聞く。
会社近くの公園、サラリーマンが二人、缶コーヒーを飲んでいるという、割合微妙な光景だった。
「解らない……なんか、盛り上がっちゃったんじゃないの? 同期のピンチを同期が救いに来たとかで」
「あー……でも、あの人、そういう、胸熱展開とか、別にって感じじゃないですか?」
「まあ、それはなあ……」
「胸熱展開なら、瀬守さんのほうが好きそうですよ」
「そこそこゲームもアニメもラノベも見るしな」
「あ、瀬守さん、今何見てます? 俺、ラノベ読んでるんですよ」
告げられたタイトルは、聞いたことはあるが、読んだ事はなかった。
「へー、それは読んだ事はなかった。似たようなヤツで別作者のなら読んだことがあったけど」
「それも良いですけど、こっちもお勧めっすよ」
「じゃあ、読んでみるよ」
「そうしてください」
池田は、ごくごくと、缶コーヒーを飲む。
「なんで休憩に誘ってくれたの?」
「えー、瀬守さん、死にそうな顔してたから。……まあ、興水さんは変だし、水野も変だし……で、瀬守さんにしわ寄せがいってるのかなとか思ったんですよ」
まさか、自分を巡って二人の男が、険悪な空気になっているとは言いづらい。
「まあ、でも、職場で、なんかバチバチしてんのも面白いですけどね」
「人ごとだと思って……」
「まあ、そう言うのを隙間時間に楽しむのが、社会人生活のコツだと思ってるんで」
「良い意味で、『普通』のやつなんてどこにも居ないしな」
「……俺も、そう思いましたよ。それで、俺も普通じゃないし、みんな普通じゃないって。じゃあ、学校で、普通普通って教わってたのってなんなのかって言ったら、アレ、『権力には従え』って教わってるって言うことッスもんね」
「そこまで露骨じゃないだろうよ……」
「なんでも良いんですよ。それよりは、瀬守さんが心配だったですからね。……今やってる『寄せ鍋の会』案件だって、たまに、青い顔してるんですよ、瀬守さん」
きっと、それは、神崎の事を思い出したタイミングだ。
今でも、神崎のことを考えると、胸の奥をぎゅっと掴まれたような気分になることがある。
「やっぱり、大きい案件だからさ……そこの中心人物っていう扱いだろ。ちょっと、緊張するんだよね」
達也の言葉を、池田は、じっと黙って聞いていた。
「瀬守さんがそう言うなら、そういうことにしますけど―――なんか、困りごとあったら、俺にも相談して下さい。同期の興水さんとかだと、相談しづらいこともあると思うんで」
池田の気遣いが嬉しくて、「助かる」と言った。すこし、ホッとして気分が緩んだ。
「……なんか」
池田が、心持ち、顔を赤くして呟く。
「なんだよ」
「いや、なんか、瀬守さんって、なんか、こう……変に、どきっとさせてきますよね?」
「なんだよ」と言いつつ、神崎の言葉が、脳裏を掠めていった。
『……お前って、そういう、雰囲気があるんだよ』
「あんまり、変な事を言うなよ……お前にだから言うけど……、前、ちょっと、セクハラまがいのことをしてきた客がいるんだよ。……やっぱり、その客も、『変な雰囲気がある』とか言って……」
セクハラというより―――その後、しっかり、肉体関係を結んだ。
もし、あの時、達也が神崎に夢中にならなければ、それでも、達也は、神崎を拒むことは出来なかっただろうから、やはり、だらだらと肉体関係は続いただろうが……意に染まない関係を、強いられていると言うことになっただろう。
池田が、息を飲んで、「済みませんっ!」と慌てて謝った。
「いや、ごめん。他には言ってないから、誰にも言わないで貰えると助かる」
「それは解りましたけど……当時の上司とかにも相談しなかったんですか?」
「……当時の上司には、相談出来るような感じじゃなかった」
ぽつり、と呟く。何でもないことのように考えて居たが、思っているより、心が弱音を吐き出してきて、困る。
(部下の前で何やってんだ、俺……っ!)
奮い立たせようとするが、無理だった。
「俺、体育会系だったんスよ。だから、そういうのを、ノリでやるようなヤツがいるって言うのは、知ってるんです。もし、そういう意味で、困ってたら、マジで声かけて下さい」
「ゴメン。大丈夫……さすがに、アラサーのオッサンに、何か手を出すようなヤツは居ないよ」
笑って見せたが、スッキリはしなかった。