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第60話 社会人生活のコツ



 興水と達也が『バディ』になったのは、社内にあっという間に広がっていた。


 達也としては『冗談じゃない』という所だったが、あがけばあがくほど、興水の策にハマっていくような感じがあった。


 凪からは『どういうことなんですか』『興水さんとしたんですか』『なんで名前呼びなんですか』『バディってなんですか』『興水さんが好きなんですか』などとひっきりなしにLINEが入ってきたので、



『仕事をしろ』



 と一言で黙らせておいた。


 これからどうすれば良いのか、達也は、頭を抱える。

(引っ越しと、セフレを作るのを同時にやるか)


 それしか道はない。しかし、引っ越すのも、バレそうだ。何しろ、向かいの部屋から監視しているのだ。


 興水は、かなり、機嫌が良さそうだった。


 だまし討ちのような形で、『バディ』扱いしたのだ。興水の思うつぼなのだろうから、機嫌が良いのも仕方のないことだろう。達也には、腹立たしくて仕方がないが。


 上機嫌な興水、イライラしている凪に囲まれて、達也は、ため息しか出ない状態だった。


 見かねた、池田が、「ちょっと休憩に付き合って下さいよ」と言ってくれなければ、胃痛とストレスで倒れていたかも知れない。


「しかし、なんで興水さん、急にバディとか言い出したんですか?」

 池田は、缶コーヒーのプルトップを開けながら、達也に聞く。


 会社近くの公園、サラリーマンが二人、缶コーヒーを飲んでいるという、割合微妙な光景だった。


「解らない……なんか、盛り上がっちゃったんじゃないの? 同期のピンチを同期が救いに来たとかで」


「あー……でも、あの人、そういう、胸熱展開とか、別にって感じじゃないですか?」


「まあ、それはなあ……」

「胸熱展開なら、瀬守さんのほうが好きそうですよ」


「そこそこゲームもアニメもラノベも見るしな」

「あ、瀬守さん、今何見てます? 俺、ラノベ読んでるんですよ」


 告げられたタイトルは、聞いたことはあるが、読んだ事はなかった。


「へー、それは読んだ事はなかった。似たようなヤツで別作者のなら読んだことがあったけど」

「それも良いですけど、こっちもお勧めっすよ」


「じゃあ、読んでみるよ」

「そうしてください」


 池田は、ごくごくと、缶コーヒーを飲む。


「なんで休憩に誘ってくれたの?」

「えー、瀬守さん、死にそうな顔してたから。……まあ、興水さんは変だし、水野も変だし……で、瀬守さんにしわ寄せがいってるのかなとか思ったんですよ」


 まさか、自分を巡って二人の男が、険悪な空気になっているとは言いづらい。


「まあ、でも、職場で、なんかバチバチしてんのも面白いですけどね」

「人ごとだと思って……」


「まあ、そう言うのを隙間時間に楽しむのが、社会人生活のコツだと思ってるんで」


「良い意味で、『普通』のやつなんてどこにも居ないしな」

「……俺も、そう思いましたよ。それで、俺も普通じゃないし、みんな普通じゃないって。じゃあ、学校で、普通普通って教わってたのってなんなのかって言ったら、アレ、『権力には従え』って教わってるって言うことッスもんね」


「そこまで露骨じゃないだろうよ……」

「なんでも良いんですよ。それよりは、瀬守さんが心配だったですからね。……今やってる『寄せ鍋の会』案件だって、たまに、青い顔してるんですよ、瀬守さん」


 きっと、それは、神崎の事を思い出したタイミングだ。

 今でも、神崎のことを考えると、胸の奥をぎゅっと掴まれたような気分になることがある。


「やっぱり、大きい案件だからさ……そこの中心人物っていう扱いだろ。ちょっと、緊張するんだよね」

 達也の言葉を、池田は、じっと黙って聞いていた。


「瀬守さんがそう言うなら、そういうことにしますけど―――なんか、困りごとあったら、俺にも相談して下さい。同期の興水さんとかだと、相談しづらいこともあると思うんで」


 池田の気遣いが嬉しくて、「助かる」と言った。すこし、ホッとして気分が緩んだ。


「……なんか」

 池田が、心持ち、顔を赤くして呟く。


「なんだよ」

「いや、なんか、瀬守さんって、なんか、こう……変に、どきっとさせてきますよね?」


「なんだよ」と言いつつ、神崎の言葉が、脳裏を掠めていった。



『……お前って、そういう、雰囲気があるんだよ』



「あんまり、変な事を言うなよ……お前にだから言うけど……、前、ちょっと、セクハラまがいのことをしてきた客がいるんだよ。……やっぱり、その客も、『変な雰囲気がある』とか言って……」


 セクハラというより―――その後、しっかり、肉体関係を結んだ。


 もし、あの時、達也が神崎に夢中にならなければ、それでも、達也は、神崎を拒むことは出来なかっただろうから、やはり、だらだらと肉体関係は続いただろうが……意に染まない関係を、強いられていると言うことになっただろう。


 池田が、息を飲んで、「済みませんっ!」と慌てて謝った。


「いや、ごめん。他には言ってないから、誰にも言わないで貰えると助かる」

「それは解りましたけど……当時の上司とかにも相談しなかったんですか?」


「……当時の上司には、相談出来るような感じじゃなかった」


 ぽつり、と呟く。何でもないことのように考えて居たが、思っているより、心が弱音を吐き出してきて、困る。


(部下の前で何やってんだ、俺……っ!)

 奮い立たせようとするが、無理だった。


「俺、体育会系だったんスよ。だから、そういうのを、ノリでやるようなヤツがいるって言うのは、知ってるんです。もし、そういう意味で、困ってたら、マジで声かけて下さい」


「ゴメン。大丈夫……さすがに、アラサーのオッサンに、何か手を出すようなヤツは居ないよ」

 笑って見せたが、スッキリはしなかった。



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