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第61話 池田の提案


 興水と達也が二人でいる機会というのは、最近増えている。

『寄せ鍋会のプロジェクト』もそうだったし、単独で興水と達也が当たっていたプロジェクトの事もある。


「あの二人、いつも一緒にいるねー」

「バディって言ってたらしいしね~」


 社内で、そういう言葉を耳にするたびに、達也のほうは胃がキリキリしてくるし、興水はにやにやしているし、凪がいらっとしているので、達也としては気が休まらない。


(興水は、本当に仕事は優秀なんだよ、仕事は!)


 直属ではないが、上役である興水に対して、適当ではないかも知れないが、とにかく、話や判断が速くて助かる。そして、1を言えば10くらい返ってくるのがやりやすい。ようは、仕事の相性が良いのだ。


 だからこそ、達也は興水を遠ざけることは出来ない。


(あー、実体は、俺のストーカーなのに……)

 達也は、ため息を吐きつつ、一旦、休憩することにした。


 入社当時住んでいたアパートは、一時期、神崎と同棲していた。手っ取り早く、ヤることだけヤるために、そういう場所が必要だったのだろう。そして、それは、達也が神崎から離れるまで続いた。


 あの当時、神崎は日本にいたし、達也の会社にほど近い支社に在籍していたからこそ、だらだらと、付き合うことが出来たし―――神崎が既婚者だと気が付くことが出来た。


 神崎と離れることにして、できるだけ神崎に会わないような場所を選んで部屋を借りた。


 築年はかなりあったが、リノベ済みで、悪い物件ではなかった。会社まで電車を乗り継いで一時間くらい掛かるが、通勤時間としては、適切だとも思っている。


(そのあと……だよな、興水が、向かいに越して来たのって……)

 それまで、興水はどこに住んでいたのだろうとは、一瞬考えたが、入社前研修の頃から、気になっていたようなことを言われたのを思いだして、何も考えないことにした。


 缶コーヒーを開けていると、池田がやってきて、

「あっ、瀬守さんっ! ……ちょっーと、相談良いですか?」

 と声を掛けてきた。


「ん、いいよ。何?」

「今回のイベントの件っスけど……一回、会場の下見とかってムリッスかね。一応、会場側の、データとか、公表されてるヤツあるんですけど、なんか、ちょっと不安になって来ちゃって……」


「不安。どの辺が?」

「一応、なんスけど、……ちょっと、この会場を使ったときの口コミとか調べてみたんですよ。そしたら、どうも、ボトルネックになりやすいところとか、雨天時の待避場所とか、スタッフの導線とか、結構、ゴチャるみたいなんですよね」


 池田の纏めてくれた資料にさっと目を通す。

 達也には、なかった視点だ。


「なるほど。たしかに、これなら、一回、会場、下見に行かせて貰った方が良いな」


「そうなんスよ。イメージだけで、あれこれやってると、ちょっと危なそうだなと思って……あと、うちじゃなくて、他のイベント会社さんとかも入るとなると、そっちの知見貰った方が良さそうです」


「確かに。だったら、一回、ORTUSさんの方に連絡入れて、関係各社集まって会議させてもらうか。オンラインでも十分いけるだろ」

「そーすね」


「じゃあ、俺は、先方に連絡して見るよ」

「さーせん! ……こっちも、皆に共有してきます」


「うん。頼んだ」

 池田に任せつつ、達也は、すぐさま席に戻って先方にメールを打つ。

 先方からも折り返し、すぐに連絡があって、驚いたものの、すぐに打ち合わせということになった。ただ、オンラインではなく、直接対面、しかも、先方の本社会議室と言うことで、かなり驚いた。こちらからは、担当の達也と、もう一人くらい出席して欲しいと言うことだった。


 それならば、藤高と一緒に行くべきだろうと思って、「藤高さーん」と席に行くと、朝比奈が不安げな顔をしていたので、それは、気にしないようにする。


「おっ、なんだ、瀬守」

「先方の本社会議室で、今回の件、業者合同で会議やろうって事になりました。それで、うちからは、俺と、あと一人と言うことで、藤高さんにお願いした方が良いのかなと思ったんですが」


「ああ、日取りは?」

「来週の木曜です」


「木曜……ああ、その日は、ちょっと、動かせない会議が入ってるな。興水くん、行けそう?」

「ああ、はい。行けます」


「じゃあ、翌日の金曜日に皆で会場の下見に行くようにしようか」

「えっ……」


「二人は宿泊で良いからさ」

「たしかに、一回、都心に出てから戻ってくるのも面倒ですけど……」


 凪の視線を感じる。そして、興水は、上機嫌だ。朝比奈はホッとしている。

 なんなんだこの状況は、と胃がキリキリしつつ、達也は「じゃあ、お言葉に甘えて、宿泊で行かせて貰います」と受けてから、


「あっ、凪。……お前さ、都心のビジネス詳しいって言ってなかった?」

 と凪に話を振った。


「えっ? ああ、まあ、それなりに」

「じゃあさ、悪いんだけど、俺と興水の分。部屋予約してくれない? ……結構、俺ら、部屋の予約とかポカやるんだよ」


 凪はほっとしたような顔をして「わかりました。じゃあ、都内最安値を探します!」とパソコンに向かう。


「あのさ、水野。最安値は良いんだけど、最低限の設備くらいは付いてるように頼むよ……?」

「はいっ! 任せて下さい!!」


 嬉々として返事する凪を見ながら、達也は少しホッとしていた。

 コレならば、同室にされることは絶対にないだろう。



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