目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第65話 行かないで


 秋葉原は、達也にとって、縁遠い町だった。あちこちにSNSゲームやアニメの登場人物らしき女の子が描かれた大きなポスターが貼られて居て、なんとも圧倒される。


 コンカフェの店員がチラシを配っていたり、駅前に、巨大なアダルトグッズの店が屹立している様は、この町のカオスさの象徴のようだった。


(さてと、こんな人混みで、見つかるかな……)

 辺りを見回す。すると、割合すぐに興水の姿を発見することが出来た。長身なので、目立つのだ。


「おーい、興水」

「ああ、よかった」


「待った?」

「いや、あんまり。今、勝手に店予約したけど……肉でいい?」

 開口一番に、肉というのがなんとなくビジュアルに合わなくて面白い。


「焼き肉?」

「うん。こういう、気分がむしゃくしゃするときは、焼き肉かなと」


「なるほど」

「でも、クチコミとかチェックしてないから、あたりかどうかは解らないけど」


「焼き肉をマズく作れるところの方が、希有だろ」

「まあ、そうか」


 笑いながら、興水が達也を促す。何も聞かないで居てくれることが、ありがたくて、小さく「どうも」と呟いたが、興水は多分、聞こえても聞こえないふりをしているだろう。




 焼き肉は時間制食べ放題だった。

「今日は、とにかくガンガン食べるぞ」

「そうだな。元を取るくらい食うか」


 レモンサワーとハイボール、それに、焼き肉という組み合わせで、とりあえず、炭水化物はそっちのけで肉だけを食べ続けていく。

 身体には悪そうな食べ方だったが、そのくらいの方が、良かった。


(今頃、もしかしたら、あのホテルで、神崎さんと、鉄板焼きとか食べてたかも知れないな)

 と思ったら、背筋が寒くなった。


 ホテルのラウンジで待ち合わせ、鉄板焼き。そのあと、夜景の見えるスイートルームで過ごす……と来たら完璧な愛人ムーブだ。


 心底、そうならなくて良かった……と思う。


 今日の焼き肉は、高級な肉というわけではなかったが、とにかくいまは、普通にガツガツ飲み食いしたい気分だった。興水も、全くデートのようなことを言ってこないのがありがたい。


(なんだかんだ言って、良い奴であるのには変わりはないんだよなあ)

 ここのところ、口説きモードに入っていたのが面倒だっただけで……。


「この間、藤高さんがさ」

 ふいに、興水が話し出す。


「えっ?」

「『この年になったら焼き肉を食べられなくなった。ロース二、三枚で気持ちが悪くなっちゃった』とか言っててさ」


「えー、藤高さん、そんなに年じゃないだろ」

「そうなんだよ。だけど、そうなんだってさ。それを聞いたら、食えるときに肉は食っておいた方が良いって心から思ったわけだよ」


「……食いたくても物理的に食えないのはちょっと怖いな」

「やっぱ、そう思うだろ?」


「三十代が怖くてたまらないよ」

「俺も、ちょっとな……」


 二人で、焼き肉をつつきながらする会話としては、少々微妙な物があるかも知れない。


「あ、これさ。飲み放題のメニュー、結構、カクテルとかあんのな。ちょっと頼んで良い?」

「あー、俺も注文する」


 だんだん、ふわふわしてきた感じがあって、つい、もう少し酒が飲みたくなってしまっている。


 一緒になって興水も飲んでいるから余計に進む。


 気が付くと、立ってまっすぐ歩くのが難しいくらい酔っ払っていた。丁度、食べ放題のオーダーストップだったので、そこで飲むのは、やめになったが、このまま無事に帰れるか、怪しい。


「……しまった。飲ませすぎた……」

 達也は、すっかりできあがっていて、興水に凭れながら、ようやく歩いているという状態だ。


「おい……達也、お前、宿どこ?」

 興水が聞くと「んー、あっちー」と適当なことを言う。


「だめだ……」

 仕方がないので、社給のスマートフォンを取りだして、予約表を確認する。凪から、送信されている物があるはずだった。


「あった……」

 住所を確認した興水の口から、思わずため息が漏れる。今の達也が、一人で帰れる場所ではなかった。大通りを越えて、路地裏には行っていかなければならない。


「仕方がないなあ……ほら、行くぞ、達也」

 達也は、興水に肩を抱かれたまま、へらへらと笑いながら、付いていく。


「……あ、あれ、すごいよね、ビル全部、全部アダルトグッズだもんね~、田舎にはないわ~」

 達也が指さした先に、アダルトグッズを売る店が、『ででん』とそびえ立っている。


「ああ」

「店ん中、どうなってんのかな~。興水、行ったことある?」


「はあ……そんなに気になるなら、買うか? なんなら使ってやるけど?」

 いらいらしながら言う興水に「えー、そんなに怒るなよ~」と達也は、けらけらと笑っている。


 そのまま引っ張るように足早に、ホテルに入った。

 チェックインはされていたので、ホテルに事情を説明して、部屋に送り届ける。


 カードキーは、胸ポケットに入っていた。それを使って、部屋に入る。

 とりあえず、ジャケットは脱がせてやって、そのまま、ベッドに転がしてやろうと思ったところで、

「……気持ち悪い……」

 と言い出した。


「ちょっ、マジか! ちょっと待てっ……っ!」

 興水がトイレに連れていく間もなく、容赦なく、戻された。


 スーツが吐瀉物で汚れる。


「あー……」

 最悪だとはおもいつつ、仕方がないから、汚れた服は脱いでバスタブの中に放り込む。

 ついでに、うがいをさせて、達也のシャツも脱がせてやった。


「なにやってんだ……」

 共に、上半身裸だ。


 達也は、これ以上はないと言うほどに、酔って、今は眠ってしまった。


「……俺は帰るぞ。お前のシャツかなんか、ちょっと借りるからな」

 荷物を漁るのは悪いとは思いつつ、このままでは興水が部屋に戻れない。


 出張荷物を漁っていると、後ろから、抱きつかれた。


「達也」

「……行かないでよ」

 それは、誰に対する言葉だろう。


「放せよ……」

「いやだぁ……」


 ぎゅっ、とより強い力で、達也が抱きついてくる。興水は「全く」と言いながら、達也を引き寄せて、抱え上げた。そのまま、ベッドに達也を横たえる。それでも、達也は、興水のスラックスを掴んだまま放さなかった。


「……まったく、お前は……」

 ため息を吐きながら、興水は、達也と同じベッドに身を横たえた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?