『ORTUS社、英国支社長・神崎玲一氏、誘拐・傷害で逮捕。ORTUS社は緊急記者会見の予定』
飛び込んできたニュースに言葉を失いながら、達也は、皆にスマートフォンの画面を見せる。
「……コレ……」
「榊原さん、対応早いね」
藤高が感心したように言う。
「記者会見、二十三時から、らしいです。……SNSでも騒ぎになってますね」
「……明日のイベントも中止って、HPに出ました」
「ORTUS社から、取引会社各位、ということで、メールが入った。二十二時解禁で動いたらしいな。神崎さんの件でお詫びと、イベントの中止の件。しばらく、取引先向けのやりとりは、別のメールになったらしい。まあ、誹謗中傷も増えるだろうからな」
「……榊原さんからも、別途こっちに来てるな。凪と僕らが使ったタクシーまで、口止めはしてあるという話だった。うちとしても、口止めはしないけど、配慮して貰えると助かるということで……、プライベートの連絡先を預かった。これは、僕と、興水くんだな」
「配慮って言葉、便利ですよね」
凪が冷ややかに告げる。
「そうだな。……こっちには落ち度はないが……面倒だな」
大企業の役員が、犯罪で逮捕。しかも、背任や汚職などのポピュラーなものではなく、誘拐・傷害ときたら、マスコミは飛びつくだろう。
(神崎さんの家族も……、マスコミが押しかけるんだろうな……)
そう思うと、こういう結末で良かったのかと思うが―――どうしようもない。
達也は、ビールで、喉に詰まった言葉を押し流す。達也が誘拐された『理由』に注目されると、達也自身のプライバシーが侵害される可能性がある……。それは、達也の、セクシャリティにも関わることだ。
面と向かって聞いてこないが、男同士で、関係を持っていたのか―――と、推測されている、とは思う。
「そういや、凪。……あの時、達也さんとは恋人って言っただろ」
池谷が無邪気に聞いた言葉に、ドキッとした。
たしかに、凪は、神崎に、そんなことを言った。
「ああ、言いましたけど」
さらりと凪は答える。凪は、一人でノンアルだった。何故だろうと思ったが、そういえば、痛み止めと化膿止めが出ているといっていたのを思い出した。
「それ……マジ……?」
伺うような視線で池田が言う。その池田を「池田っ!」と鋭い声で窘めたのは藤高だった。
「えっ?」
「過剰なプライベートの詮索は、許されない」
毅然と言い放った藤高に、池田は、面食らう。
「えっ、……っでも、ちょっと、気になって……」
狼狽えている池田を尻目に、凪が、ふっと笑った。凪が、何を言い出すのか、読めなくて、達也は心臓がバクバクと異様な音を立てているのを感じていた。
「……勿論、嘘ですよ。……あの人、それくらい言わないと、ショック受けなさそうじゃないですか。第一、達也さんはずっと、あの人のことを拒否しているのに」
「そっか~」
なんとなく、池田の声音は、残念そうな響きがあった。
「なんで、残念そうなんですか」
「んー……わかんないけど。達也さん、誰か恋人でもいたら、ああいう人も寄ってこないんじゃないかと思って。……あ、でも、言い過ぎました、スンマセン」
藤高が睨み付けているのを見て、池田が、顔の前で手を合わせて、謝る。
「……こういう席だからいいけど、あんまり、こういう話題はしないで欲しい。特に、今は、まだ、気持ちの整理がついていないから」
達也が言うと、池田が、ハッとして居住まいをただした。
「済みませんっ! 俺、脳筋で、なんか、無神経なんです。スンマセン、本当にスンマセンっ!」
ぺこぺこと頭を下げる池田を見やりながら「池田は、人とやりとりする仕事なんだから、もっと、誰にどう思われているかとか、ちゃんと考えた方がいい」と、藤田が静かに窘める。
「そう……ですね。反省します」
しゅん、と池田はうなだれた。学生時代、ラグビーをやっていたという、がっしりした体型の池田が、小さくなって、うなだれている姿は、少し滑稽だった。
「それはともかく……、一旦、俺らに出来ることは終わったじゃないですか。コレからのことを、考えても、起きてもいない事を不安がっても仕方がないんだし……まずは、メシ食って、風呂入って寝ましょう。それが良いです」
こういうことは『当事者』の達也が申し出るべき言葉だった。極力明るい顔を作って、言ったつもりだったがうまく行ったかは解らない。けれど、みんな、達也の意図を汲んでくれたらしい。
「そうだな」
「そういえば、ホテルで確認したら、明日の朝食ビュッフェ申し込み済らしいですね」
朝比奈が、言う。
「ホテルの、朝食ビュッフェって……ちょっと良いですね」
「しかも、豪華な一流ホテルの朝食だもんなあ……」
「朝から食べ過ぎても、別に構わないな、明日は宿に戻って、帰社するだけだから」
「そうですね」
そこから、たらふく飲み食いして、〆に皆でアイスクリームまで食べ終えて、藤高と興水が懐具合を心配しつつ会計を申し出ると「代金の方は、会社さまのほうに請求すると言うことになっておりますので」と言われてしまい、恥ずかしくなった。
「……あちらに出させるなら、あんなに暴飲暴食しなかったよな……」
達也は顔が熱い。酒のせいだけではないだろう。
「本当ですよね。あちらのお金だから、めちゃくちゃ食べたって思われたら、凄く癪ですよ」
朝比奈も、ポツリ、と呟く。
「……最初に、会計の件を聞いておくべきでしたね」
「本当に……」
ホテルまでの道のりをぽつりぽつりと話ながら、五人は、とぼとぼ、歩いた。