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第100話 完璧な秘書対応


『ORTUS社、英国支社長・神崎玲一氏、誘拐・傷害で逮捕。ORTUS社は緊急記者会見の予定』



 飛び込んできたニュースに言葉を失いながら、達也は、皆にスマートフォンの画面を見せる。


「……コレ……」

「榊原さん、対応早いね」

 藤高が感心したように言う。


「記者会見、二十三時から、らしいです。……SNSでも騒ぎになってますね」

「……明日のイベントも中止って、HPに出ました」


「ORTUS社から、取引会社各位、ということで、メールが入った。二十二時解禁で動いたらしいな。神崎さんの件でお詫びと、イベントの中止の件。しばらく、取引先向けのやりとりは、別のメールになったらしい。まあ、誹謗中傷も増えるだろうからな」


「……榊原さんからも、別途こっちに来てるな。凪と僕らが使ったタクシーまで、口止めはしてあるという話だった。うちとしても、口止めはしないけど、配慮して貰えると助かるということで……、プライベートの連絡先を預かった。これは、僕と、興水くんだな」


「配慮って言葉、便利ですよね」

 凪が冷ややかに告げる。


「そうだな。……こっちには落ち度はないが……面倒だな」


 大企業の役員が、犯罪で逮捕。しかも、背任や汚職などのポピュラーなものではなく、誘拐・傷害ときたら、マスコミは飛びつくだろう。


(神崎さんの家族も……、マスコミが押しかけるんだろうな……)

 そう思うと、こういう結末で良かったのかと思うが―――どうしようもない。


 達也は、ビールで、喉に詰まった言葉を押し流す。達也が誘拐された『理由』に注目されると、達也自身のプライバシーが侵害される可能性がある……。それは、達也の、セクシャリティにも関わることだ。


 面と向かって聞いてこないが、男同士で、関係を持っていたのか―――と、推測されている、とは思う。


「そういや、凪。……あの時、達也さんとは恋人って言っただろ」

 池谷が無邪気に聞いた言葉に、ドキッとした。

 たしかに、凪は、神崎に、そんなことを言った。


「ああ、言いましたけど」

 さらりと凪は答える。凪は、一人でノンアルだった。何故だろうと思ったが、そういえば、痛み止めと化膿止めが出ているといっていたのを思い出した。


「それ……マジ……?」

 伺うような視線で池田が言う。その池田を「池田っ!」と鋭い声で窘めたのは藤高だった。


「えっ?」

「過剰なプライベートの詮索は、許されない」


 毅然と言い放った藤高に、池田は、面食らう。


「えっ、……っでも、ちょっと、気になって……」

 狼狽えている池田を尻目に、凪が、ふっと笑った。凪が、何を言い出すのか、読めなくて、達也は心臓がバクバクと異様な音を立てているのを感じていた。


「……勿論、嘘ですよ。……あの人、それくらい言わないと、ショック受けなさそうじゃないですか。第一、達也さんはずっと、あの人のことを拒否しているのに」


「そっか~」

 なんとなく、池田の声音は、残念そうな響きがあった。


「なんで、残念そうなんですか」


「んー……わかんないけど。達也さん、誰か恋人でもいたら、ああいう人も寄ってこないんじゃないかと思って。……あ、でも、言い過ぎました、スンマセン」


 藤高が睨み付けているのを見て、池田が、顔の前で手を合わせて、謝る。


「……こういう席だからいいけど、あんまり、こういう話題はしないで欲しい。特に、今は、まだ、気持ちの整理がついていないから」

 達也が言うと、池田が、ハッとして居住まいをただした。


「済みませんっ! 俺、脳筋で、なんか、無神経なんです。スンマセン、本当にスンマセンっ!」


 ぺこぺこと頭を下げる池田を見やりながら「池田は、人とやりとりする仕事なんだから、もっと、誰にどう思われているかとか、ちゃんと考えた方がいい」と、藤田が静かに窘める。


「そう……ですね。反省します」


 しゅん、と池田はうなだれた。学生時代、ラグビーをやっていたという、がっしりした体型の池田が、小さくなって、うなだれている姿は、少し滑稽だった。


「それはともかく……、一旦、俺らに出来ることは終わったじゃないですか。コレからのことを、考えても、起きてもいない事を不安がっても仕方がないんだし……まずは、メシ食って、風呂入って寝ましょう。それが良いです」


 こういうことは『当事者』の達也が申し出るべき言葉だった。極力明るい顔を作って、言ったつもりだったがうまく行ったかは解らない。けれど、みんな、達也の意図を汲んでくれたらしい。


「そうだな」

「そういえば、ホテルで確認したら、明日の朝食ビュッフェ申し込み済らしいですね」

 朝比奈が、言う。


「ホテルの、朝食ビュッフェって……ちょっと良いですね」

「しかも、豪華な一流ホテルの朝食だもんなあ……」


「朝から食べ過ぎても、別に構わないな、明日は宿に戻って、帰社するだけだから」

「そうですね」


 そこから、たらふく飲み食いして、〆に皆でアイスクリームまで食べ終えて、藤高と興水が懐具合を心配しつつ会計を申し出ると「代金の方は、会社さまのほうに請求すると言うことになっておりますので」と言われてしまい、恥ずかしくなった。


「……あちらに出させるなら、あんなに暴飲暴食しなかったよな……」

 達也は顔が熱い。酒のせいだけではないだろう。


「本当ですよね。あちらのお金だから、めちゃくちゃ食べたって思われたら、凄く癪ですよ」

 朝比奈も、ポツリ、と呟く。


「……最初に、会計の件を聞いておくべきでしたね」

「本当に……」

 ホテルまでの道のりをぽつりぽつりと話ながら、五人は、とぼとぼ、歩いた。




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