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第101話 守りたい


 ホテルに戻ったあと、達也は凪の部屋を訪ねた。


「どうしたんですか、達也さん」

「うん。腕を怪我してるから、いろいろ不便かと思って……それと……」


 と入り口の所で話していたが、言葉が途切れた達也の様子を見て、凪は、ため息交じりに達也を部屋の中へ誘った。


 凪の部屋も、達也の部屋も、作りは変わらなかった。

 広々としたリビング。それにバーカウンター。寝室は別だった。


 高層階から見下ろす東京の街は、先ほどよりも、まばゆさが減っていた。寝てしまったり、オフィスから人が消えていたからだった。この街は、住む人よりも、働きに来る人たちが多い街だった。


「凪、今日、来てくれて、助かった。本当に、感謝してる。色々、やってくれたって聞いたから」

 そう切り出した達也に、凪が、目を伏せた。


「なんで、危険だって解ってて、達也さんを一人にしたのかって……そればかり思っています。それに……」

 凪は、歯切れ悪く、言を切った。


「どうしたんだ、凪?」

「……達也さんが、あの料亭に居るのが解ったの……、達也さんの位置情報、取ってたからなんです」


「位置情報……」

 どういうことだろうか。たしかに、友人同士で位置情報を共有するアプリなどは、以前に流行していたような気がするが、そういう類いのものだろうか?


「殆ど違法のソフトです。遠田に作って貰って、達也さんのスマホにこっそり仕込んであります……達也さんに、無断で」


「そんなことしてたのか……」

 そういえば、最近、スマートフォンの電源がなくなるのが早いと思っていたが、そのアプリのせいだったのだろうと思ったら、合点がいった。


「言ってくれれば良かったのに」

「絶対に、達也さんは、拒否したと思っています。だから……、達也さんの位置情報をうまく拾えて、結果として、オッケーだったですけど……。達也さんは、誘拐された訳ですし……」


 凪が、唇を噛む。


 達也は、呆れてしまった。経緯はどうであれ。凪は、達也に万が一の事があったとしても、なんとか助けたいという一心でこれをやってくれたのだ。そのことに、不満など、あるはずもない。むしろ……。


「俺のために、危ないことをしないで欲しい。……怪我までして……、本当に……心臓に、悪い」


「良いんですよ、俺だって、あの人に、達也さんを攫われたんですから……俺の方が、許せないです。この程度のことは、たいしたことはないです。……でも、達也さんに無断で、いろいろしていたのは、済みませんでした」


「……アプリの件?」

「はい」


「凪だけ、位置情報を見てただけなんだろ。なら、そんなに気にすることはないんじゃないか? すくなくとも、俺は、そう思うけど……」

「え……っ?」


 凪は、面食らっている。凪としては、許しがたい失態だったらしい。けれど、達也はそう思わなかった。


「お前が……俺のために、色々考えて動いてくれたことについて、凄く嬉しいよ」

「……本当に?」


「ああ、それは、本当に。……しかし、いつアプリを仕込んだのか解らないけど、遠田が、やけに俺に突っかかってきたのは、そのアプリの件があるから、か……。遠田は……、まだ、凪につきまとってるの?」


「……つきまとうというか」

 凪が、ため息を吐いた。「諦めてないみたいで、ちょっと、嫌な感じです。でも、アプリを作るなら、遠田のほうが早いし……」


 早いし、という言葉に、達也は引っかかった。


(これは……遠田のほうが作るのが早いだけで、凪も、そういうアプリを作ることが出来る、ということだな……)


 佐倉企画では、アプリを作るような機会はなかったが―――仮に、そういう機会が出来たとしたら、凪は、すぐに対応可能だと言うことだ。そのくらいの技術力があるのだろう。


「……遠田から、無理なことを言われたりは?」

「えっ?」


「俺、ついさっきまで、しつこい人につきまとわれていたからさ……、そう言うことになってたら、今度は、凪の事を守ってやらないとと思って」

「えー……」


 凪が、残念そうな声を出して、ため息を吐いた。


「えっ、何?」

「……俺は、達也さんのことを守りたいんですよ。守られたい訳じゃないんです。特に、今回は、ヘマをした訳ですので」


 床に視線を落とした凪の頬を、達也は両手で包み込んだ。


「……達也さん……?」

「……ヘマとか言うな。ヘマじゃない。俺は日本にいる。お前も、死んでない。あんなナイフでも、ヘタをしたら、多分死んでいた」


 そして、神崎は、パスポートを勝手に取得したり、プライベートジェットに達也を詰め込んで、英国に行こうとしていた。あれは、本気だった。


「……そう、なんですか?」

「そうだよ、それに、どんな手段を使っても、位置情報を取って、助けに来てくれた。……お前が来てくれて、俺は、安心したんだよ」


「本当、ですか? 興水さんではなく?」

 凪の瞳が、不安そうに揺れている。凪の頬を手で包んだまま、達也は言い切った。


「興水じゃない。凪を見て、ホッとしたんだ。その次には、凪が、怪我をしたり、死んだりしたら、絶対に嫌だと思っていたけど」

「そう、なんですね」


「勿論、本当だよ」

 達也は、凪の頬から手を放してから、凪をそっと抱きしめた。


「……あと、勝手に恋人とか言って済みませんでした……」

「まあ、社内で、いろいろ言われそうだけど……その前に、俺の方にツッコミどころが多いから」


「ツッコミどころ……?」

「そうそう。……取引先の役員から誘拐されたとか、その人からは、ずっと、肉体関係があったとか……こっちの方が目も当てられないだろう」


 自分で口にしていても、あまり良くない話題が列挙される。


「……あっ」

「どうしたの、凪」


「記者会見の件―――深夜ニュースで、やってるんじゃないかと思って」

 確かに二十三時に、記者会見をやるとは言っていた。おそらく、今日のニュースでは、記者会見の様子も出るのだろう。


「そうだな」と受けて、達也は、リモコンを操作した。馬鹿でかいテレビには、ややあってから、ニュースが流れ始める。


 記者会見場が設けられ、榊原がマスコミの前に一人で立っていた。ほんの数時間前までやりとりしていた人が、テレビに出ているというのが、なんとなく不思議だった。現実感がなくて、なんとなく、作り物じみて見えた。




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