テレビ画面には『緊急会見』という文字が掛かっていた。
机が用意されていて、沢山のICレコーダーが机の上に置かれていた。それを前にして、榊原が一人で対峙している。背後は無地の衝立がおかれていた。
『……神崎氏は、誘拐・傷害を起こしたと言うことですが、これはどういう経緯のものでしょうか』
記者から質問が飛んだ。
『回答致します。まず、神崎は、誘拐の被害に遭われた方は、弊社の下請け業者の社員様です。神崎が、一方的な思い込みで、誘拐し、連れ回しておりました。被害に遭われた方の詳細につきましては、お答えしかねます。また、マスコミの皆様方にも、詮索、取材等は控えて頂きますようお願い申し上げます』
『誘拐したときに、神崎氏が被害者に危害を加えたと言うことでよろしいでしょうか?』
『……いいえ、被害者の方の救出の際、被害者と同じ会社に勤務する社員の方が、全治三週間の軽傷を負っております』
『救出の時、ORTUS社側では、どういったことをされたのでしょうか』
『主に下請け会社様が中心になって行っており、弊社では、逐次状況を把握はしていましたが、現場に直接赴くことはしませんでした。こちらについても、無責任であったと反省しております』
榊原が深々と頭を下げる……。
それを見ていられなくて、達也はテレビの電源を切った。
「……榊原さん、色々言われてるな……神崎さんが悪いのに」
「神崎さんが、ああいう人だって、今まで表に出てこなかったから仕方がないけど、ああいう人だって、見抜けなかったのは、榊原さんの責任になるんだろうね」
「そっか」
「それに、たしかに、新橋の料亭と、丸の内にあるORTUSだったら……、歩いて三十分もあればたどり着くんだよね。タクシーなら十分だよ。ひとりも、ORTUSの人が来なかったというのも、やっぱり無責任だったと思う。あの時点で、俺たちがやりとりしていた人たちが、そこまで判断してなかったんだろうけど」
たしかに―――自社の役員が、問題を起こしているというのだから、駆け付けるべきだったのだろうなとは思う。結果として、達也も凪も無事だったが、それで良かったで済ませて良いわけではないのだ。
「とりあえず、俺は……凪が無事で良かった。とりあえず、これ以上、何か起こるとかはないと思う。だから、今後は絶対に無茶はしないでくれ」
切々と訴える達也に、「はい」と素直に凪は返事をする。
「絶対だからな」
「はい、……でも、また、こういうトラブルに巻き込まれたら、俺も何をするかは解らないですから、達也さんもトラブルに巻き込まれないように気を付けてくださいね」
凪の言葉は、正しいのだが、なんとなく腑に落ちない。なぜ、被害側が、気を付けなければならないのか……モヤッとした気持ちになる。
「まあ、……それはそうと、せっかくの『チーム寄せ鍋』が、活躍出来なかったのは、残念だけどな」
はは、と達也は笑う。裏方作業ではあったが、今まで真摯に取り組んできたはずだった。それが、形にならなかったことは、残念でならない。
「そうですね―――悔しいですね」
悔しい、という凪の言葉で、達也も、納得した。残念、より悔しい、が気持ち的に近い。
一生懸命、やりとりをして、初めてのチームで頑張ってきたのだ。
「……本当に!! あんな、クソ色ぼけストーカー勘違い男に、全部、今までの努力を無駄にされたのが、悔しくてたまらないですよ!!!」
凪のその言葉は、イベントに関わった、全ての人物の気持ちそのものだっただろう。
「俺も、そう思う」
そう言って、達也は笑った。凪が本気で憤慨してくれたから、達也は、自分で怒らなくて済んだと思っている。
達也は、凪の着替えを手伝ってやってから、「じゃあ、お休み。今日は、本当に助かった」と言って、去って行った。
なんとなく、今日は一人で居たくない気分だったが―――今日は、一人で過ごした方が良いだろう。
今日の宿は、ORTUS社が手配してくれたおかげで、エグゼクティブフロアだった。つまり、ルームキーを持っていなければフロアに上がることも出来ないと言うことだ。
そういう細かい配慮をしてもらって、恐縮するが、あの会見のあと―――『被害者』を探しだしたいと思って血眼になっているだろうマスコミの目にさらされることがない、というのはありがたかった。
(あ、そういえば……)
達也は、ふと、思い出した。
達也は、自分の荷物をイベント会場に置いたままで、神崎に拉致されてしまった。財布などだったが……、あれは、どうなっただろう。イベントは中止になったが―――もう、設営はしてしまったので、おそらく、明日、急遽撤去作業日になるはずだった。その分の作業の話などは、どうなっているのだろう。藤高と興水が、動いてくれているだろうが……。
達也は、色々考えて居たが、急に眠気に襲われた。
(いいや、まず、寝よう……)
ベッドに横になった途端、身体が泥の中に沈み込むように、深い眠りに落ちていく。達也自身が感じているよりも、もっと、疲れていたのだった。