チーム寄せ鍋の面々は、豪華な朝食ビュッフェを楽しんで、無理矢理自分の機嫌を良くしているようだった。
「えーと、今日は、一旦宿に向かって、それから帰社だな」
食後のコーヒーを飲みながら、軽いミーティングということになった。
ランチミーティングなら聞くが、ブレックファストミーティングというのは珍しいかも知れない。
「会場と、イベントの件は?」
「うん、うちも、撤退日に作業はあったんだが……それは、あちらで持つことになった。なので、今日は、宿から直帰だな」
藤高の言葉に「すみません、俺、私物がイベント会場に……」と達也が申し出る。
「あっ、それならば、興水くんが預かってるよ……そういえば、昨日はゴタゴタしてて、忘れてたね」
「すまん、達也」
興水は、本当に忘れていたらしく、目の前で軽く手を上げて謝る。
「たしかに……昨日はさんざんでしたからね……」
「あと、俺の方は、地元の病院に行かないとならないです。毎日消毒と言われてます。抜糸まで」
淡々とした口調で、凪が言う。いつになく、冷静な感じがした。
「そうか。……じゃあ、水野は、地元に戻ったら、病院最優先で。今は、傷の様子はどうなんだ?」
「特に変化はないです。……痛み止めが切れると、結構痛みますが……」
「そうか……じゃあ、仕事でなにか無理なことがあれば、すぐに申し出てくれ。皆も、なにか体調とか、変化があったら、すぐに連絡するように」
藤高の言葉を「はい」と受けて、誰ともなく、ため息が漏れた。今頃、イベントで忙しく立ち働いている予定だったからだ。しかし今、のんびりコーヒーと、ビュッフェにあったスイーツを食べて、ぼんやりしている。
朝食ビュッフェにはスイーツもある。小さなマフィン。ヨーグルト。ゼリー。フルーツ。小さなケーキもあったし、ブリオッシュや、ペストリーの類いも充実していた。
藤高などは、フルーツとマフィンに、マンゴーの載ったデニッシュを摘まみながらだったが、それとは別に、朝食も腹が出るほど食べている。
「なんか、これが、チーム寄せ鍋の最後の集まりになっちゃうのかねえ」
藤高がさびしそうに言う。
「集まれば良いんじゃないですか?」
さらりと言ったのは、興水だった。
「え?」
「……集まれば良いじゃないですか。別に、『チーム寄せ鍋』で鍋でも突こうって言って、集まれる奴だけ集まれば良いでしょ。違う会社に移るわけでもないんだし」
さも当然のような顔をしていう興水は、紅茶を優雅に傾けている。コーヒーが好きだと思っていた達也は、少し、意外だと思った。達也の視線に気付いた興水は、苦笑しながら、「この紅茶、地元で手に入らないんだよ」と教えてくれる。
「そうなんだ」
「都会の良いホテルのビュッフェは違うなあと思ってた。……こういう大きい仕事の機会はないかも知れないけど、また、なにかの機会で仕事が大きくなったら、チーム寄せ鍋で集まれば良いし」
「……確かに、そうですよね。よっしゃ、俺、このチームでやれるように、ガンバって営業カマしてきますわ!」
池田が拳を握ってみせる。優雅な朝食ビュッフェとは縁遠いが、エネルギッシュで良い。思わず笑ってしまった。
「すぐ、仕事とれるように頑張りますよ!」
「うん。よろしく。仕事取れなくても、皆で忘年会くらいはやろう」
「遠いですね。まだ、夏なのに」
「百人単位の忘年会だと、もう、九月には予約入れないと、十二月の予約って取れないよ? この人数でも、十月になったら厳しいかも知れないから……」
「じゃ、とりあえず、予定入れちゃいましょう。十二月が良いですよね」
「会社の忘年会が、だいたい、第二金曜か第三金曜だから……」
「クリスマスは外してください。多分、自分、ネットの実況者の、一人ボッチクリスマス配信見る予定なんで」
「……その配信者だって、今年は一人じゃないかも知れないだろうに……」
「いや、絶対に、一人のはずです!」
断言する池田が面白かったので、クリスマスは外す……などといろいろ話をしているうちに、候補日が絞られた。
「じゃ、今回は……俺が手配しますよ」
達也は軽く手を上げて申し出た。迷惑を掛けているし、このチームに、助けて貰ったし、こうして、何も詮索しないでいる空気感も、わざとらしくなくて……とにかく、配慮されていて、助かったからだ。
居心地を良くしてくれるために、それぞれ、なにか飲み込んで無理をしていることがあるのだろうと思う。
それを、おくびにも出さないで居てくれることが、ただただ、ありがたかった。
「達也……、闇鍋とかは、止めてくれよ」
興水が言う。
「寄せ鍋ですよね」
「自分、もつ鍋でも良いっス!」
「うん、すぐに探して予約しておく!」
達也はそう請け負って、スマートフォンのメモに、『忘年会・チーム寄せ鍋 予約』と入れてから。その先頭に、【ASAP】と振っておいた。