目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第104話 混乱と未来と


 会社へ戻り、報告書を書く事になった。


 一応、ORTUS社の方では、働いた分の補償はしてくれるという話にはなっているが、得られるはずだった利益の分は、損失を出している。プロジェクトとしてはかなり大きかったので、それなりの報告書を出さなければならない。課長職の、興水と藤高は、金額が絡む報告書を提出した上、予算の修正をしなければならないらしいが、このあたりのことを、興水と藤高の二人は、詳しく話さなかった。


 本来ならば、神崎の会社のイベントに参加し、その後片付けまでやる予定だったのが、ふいに予定が消えたことで、放心状態になってしまった感がある。


 藤高は、「すこし休んでも大丈夫だぞ」とは言ってくれたが、家に居ると、ろくでもないことを考えそうな気がしたので、出社しては来たものの、なんとも、仕事に身が入らない。


 とりあえず、仕事のタスクリストを開いてみると、『忘年会の予約』という、軽いタスクが入っていることに気が付いた。


 就業時間中、会社のPCで居酒屋の情報を検索しているのも、サボっているようで微妙な気持ちになりつつ、とりあえず、検索を始めた。


 メンバーは『チーム寄せ鍋』の面々。

 六人。

 時期は、十二月。


 まだ予約可能だったが、やはり、チーム寄せ鍋なので、鍋料理が良いだろう。

 個室か半個室で、鍋料理が食べられるところ。みんな、アレルギーなどはなさそうだから、そこは気軽に検索出来る。


(寄せ鍋……)

 仕事は吹き飛んでしまったが、また、何かのタイミングで一緒に仕事が出来れば嬉しい。


 そういえば、興水と一緒にやっていた、新規案件の開拓のほうも頓挫していたので、そちらも、順次プッシュしていく必要があるだろう。


 達也は、タスクリストに、『興水と新規開拓の件で会話』とだけ入れておく。


 興水は、管理業務も持っている。達也とは、忙しさが違うだろう。だから、興水の所へは、手ぶらで行かないようにした方が良い。


(話すにしても、無策で行かないようにして……)

 新規開拓の件は、てこ入れをする必要があるのだから、そのてこ入れ案をいくつか作るべきだろう。その間に、電話やメールで営業も掛けておいて……。


 忘年会の場所の選定については、止まってしまったが、仕事でやるべきことが出来たのは良かった。


 資料を集める。


 てこ入れの場合、仕事を任せてくれるかどうか悩んでいる相手とやりとりをする必要がある。提案と、その見込まれる効果は提示する必要があるからだ。

 集めた資料と根拠を明示して、資料の形で纏める。この提案を、三種類くらい作る。


 興水にアポを取って、時間を割いて貰う。要件をメールで告げて、ついでに作成した資料も、プロット版ということで添付する。


 こういう単純作業が進められて良かった、と達也は、ホッとしていた。


 日常を―――取り戻さなければならない。

 神崎のことは、もう、考えないようにして、前を向いて歩いて行くしかない。


 実際には、神崎は、完全に無関係にはなっていなかった。


 神崎の件は、『事件』になった。その過程で、警察から事情聴取を受けることがあった。裁判、とでもなったら、証人として証言することを求められることもあるだろう。達也としては、神崎を訴えることはないだろう。神崎と、かつて関係を持っていた事実を、公表することはイヤだった。


 達也は、性癖としては、男性が性愛の対象になっているが、それをオープンにはしていない。


 今の時代、オープンにしても、それほど不利益を蒙ることはないかも知れないが、やはり、抵抗感がある。今まで、ずっと、非公開で生きてきたからだ。


 社内でも、神崎との一件が―――噂になるのではないかと思ったが、それはなかった。


 おそらく、興水や藤高が、かなり気を遣ってくれたのだろう。

 神崎の報道については、達也は、怖くて目を通せないで居た。


 ただ、『ORTUS社元英国支社長神崎氏が下請け業者を拉致、傷害』という見出しが、踊っているのはネットサーフィンの間に見かけた。忘年会の場所を見つけるのが、なんとなく止まってしまったのは、神崎のニュースに触れたくないというのもあるだろう。


 運転手の証言などは、報道になっていた。

 下請け業者の男性を愛人にしようとして、拉致した―――というのが報道になった。


 それだけで、十分、センセーショナルな事件だった。


 社会的に成功して、近い地位にいる男が、自分の優先的立場を利用しようとした、悪質な犯行ということで、神崎は、あちこちから叩かれている。妻が居る立場での、不倫というのも、心証が悪かった。


 ORTUS社の方でも、達也に個人的にメールや電話を送ることは、禁止しているということは、藤高から聞いた。おそらく、そういう申し入れを、藤高・興水の二人が行ったのだろう。


 細かい配慮で、守って貰えていることに対して、達也は、感謝しかない。


(……ORTUS社は、創業社長まで幹部総一新、半分は外部からの役員になるって言ってたな……)


 達也は、自身と神崎の問題で、幹部にまで問題が波及してしまったことについては、心苦しく思うが、それが、会社としての全体を守る為には、最適解なのだろう。


 そして、ORTUS社の創業社長は、おそらく、また、新たな事業をスタートすることに、躊躇がないのだ。


(億万長者って、『三回くらい破産してるよ!』とか笑ってるって話だもんなあ……)

 一度の営業を断られて、凹んでいる達也とは、雲泥の違いだ。


 思考が、散漫になって来た時、池田から、グループチャットが入ってきた。『チーム寄せ鍋』で作ったグループチャットだった。



『今回、仕事は飛びましたけど。皆で、お疲れ様会やりましょうよ!』



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?