『お疲れさま会』をやろうという提案は、ありがたいな、と達也は思った。
『あ、良いですね。会社の近所でやりますか?』
とは朝比奈だ。
『今回は、慰労会が絶対に必要だな。……池田、どこか、場所、良い所ある?』
藤高のメッセージに、池田が反応する。
『あります!
もつ鍋ですっ!!』
確か、前に池田が、もつ鍋を食べたいと言っていたのを、達也は思い出す。
『もつ鍋か。良いね』
『じゃあ、都合悪い日、今日中に連絡して下さい!』
池田は『今から、営業行ってきます!』と元気に外回りに出掛けていった。ふと、今のやりとりに、凪が入っていないことに気が付いて、なんとなく、達也は、モヤッとした気分になる。
凪の様子を探る。ORTUS社対応の特別チームが組まれていた時は、チーム全員が集まって対応していたのだが、今は、元の席に戻るついでに、席替えをすることになって、凪とは席が離れている。
達也が、凪の様子を探るように、首を伸ばして凪の席の方を見やると、隣の席の朝比奈が「どうしたんですか?」と聞いてきた。
「あー……」
なんと答えて良いか、よく解らずに「いや、ちょっと……興水、その辺にいないかと思って」と答えた。興水ならば、先ほど、メールを送ったばかりだ、探しても、不審ではない。
「興水課長ですか?」
「うん……さっきメール送ったから、後で確認してくれって、まあ、フォローは入れておいた方が良いかなと思って」
「メール送ったなら、それでいいんじゃないですか?」
朝比奈は、首を捻った。達也よりも若い朝比奈は、達也のこの作業を、『古くさい』と思うのかも知れないな、とは達也も薄々感じる。
「いや、マジで、重要なメールは、相手に確認とった方が良いぞ」
正直、ムダなこの『文化』を、最初、達也はバカにしていたのだが―――。社内なら良い。だが、顧客とやりとりをする際、『メールやファックス送ったから見てくれ』という連絡が、どれほど重要か、痛感することになった。
顧客は、対して重要ではない取引先から送られてくるメールなど、確認してすぐに返信することなど稀だ。そうこうしている間に、相手は、メールを削除してしまうこともある。
(特に、契約書なんかだと、目も当てられないんだよなあ……)
最近では、デジタル署名で契約書を交わすこともあるが、相手に依っては、まだ、紙で印鑑を押したモノをpdfで欲しがったりする。
「そういうもんなんですかね?」
「そうそう。結構、こういう所に、先人の知恵があるもんなんだよ……」
「達也さんが、そういうなら、そうなんだと思うんですけど……」
朝比奈は、納得していないようだった。それは、それでいいと、達也は思う。とりあえず、どこかで覚えていてくれれば、後で、大きなミスをしなくても済むかも知れないし、大きなミスをしたときに気付くかも知れない。そうすれば、その次は、ミスがなくなるだろう。
「そういえば、池田さんのチャット……」
「ああ、もつ鍋?」
「ええ……実は、もつ鍋を食べたことがないんですよ」
朝比奈が、少し、恥ずかしそうに言う。
「あー、ホルモン系苦手だったりする?」
「焼き肉でも、それほどは食べないです。……結構、皆好きそうだから、ちょっと楽しみではあるんですけど。達也さんも好きですか?」
ホルモン経験が少ないと、もつ鍋だけでは、苦手だったときに、しんどいかも知れないなと思って、それは、池田に伝えておくことにした。
「うん。好きだよ。焼き肉でも、ホルモンはかなり好きかなあ……あ、今度、焼き肉でも行ってきたら?」
「えっ? 行ってきたらって……達也さん、一緒に行ってくれないんですか?」
「うー、藤高さんとか、誘ったら良いんじゃないの? 藤高さん、結構あちこち食べ歩いてるから、ホルモン系が美味しい焼き肉屋とか、結構知ってると思うけど」
達也の言葉を聞いた朝比奈が、目をぱちくりと瞬かせた。
「えっ……」
「俺、藤高さんに声かけとこうか?」
朝比奈の顔が、真っ赤になっていく。それを見て、達也は、ちょっと、可愛いなと思った。朝比奈に対して、恋愛感情のようなモノを抱くことはないが、恋愛に懸命な姿は、可愛い。
「……あの」
「なに?」
「すみません、ありがとうございます。……達也さんは……、ヘンとか思わないんですか?」
主語は、ぼやかしてあるが、何を言いたいかは、理解出来る。
『男が男の人を好きでも、ヘンとか思わないんですか』だ。
達也自身も、性嗜好は男性との恋愛を求めている。達也は、今まで、あちこちにオープンにしたつもりはなかった。何故か、凪や、興水、神崎という、男たちに好かれているだけで……。
「まあ……思わないかな。俺もそうだし」
「えっ……!?」
思わず声を上げてしまった朝比奈が、慌てて口許を手で押さえた。
「すみません……」
「俺は、会社とか、手近な所でゴチャゴチャしたくない……だけだよ」
「そう、なんですね」
「うん」
「……なんか、その辺の話、詳しく聞きたくなりました」
「俺の話は良いとして、ちょっと、藤高さんには、ジャブ打っておくよ」
朝比奈が、ホルモン食べたことないけど、食べてみたいって言ってましたよ。……そう、雑談をするだけで良い。それならば、朝比奈も、藤高に話しやすくなるだろう。
朝比奈は、「そうか、達也さんも……」と、小さく呟いていた。