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第105話 お疲れさま会


『お疲れさま会』をやろうという提案は、ありがたいな、と達也は思った。


『あ、良いですね。会社の近所でやりますか?』

 とは朝比奈だ。


『今回は、慰労会が絶対に必要だな。……池田、どこか、場所、良い所ある?』

 藤高のメッセージに、池田が反応する。


『あります!

 もつ鍋ですっ!!』


 確か、前に池田が、もつ鍋を食べたいと言っていたのを、達也は思い出す。


『もつ鍋か。良いね』


『じゃあ、都合悪い日、今日中に連絡して下さい!』


 池田は『今から、営業行ってきます!』と元気に外回りに出掛けていった。ふと、今のやりとりに、凪が入っていないことに気が付いて、なんとなく、達也は、モヤッとした気分になる。




 凪の様子を探る。ORTUS社対応の特別チームが組まれていた時は、チーム全員が集まって対応していたのだが、今は、元の席に戻るついでに、席替えをすることになって、凪とは席が離れている。


 達也が、凪の様子を探るように、首を伸ばして凪の席の方を見やると、隣の席の朝比奈が「どうしたんですか?」と聞いてきた。


「あー……」

 なんと答えて良いか、よく解らずに「いや、ちょっと……興水、その辺にいないかと思って」と答えた。興水ならば、先ほど、メールを送ったばかりだ、探しても、不審ではない。


「興水課長ですか?」

「うん……さっきメール送ったから、後で確認してくれって、まあ、フォローは入れておいた方が良いかなと思って」


「メール送ったなら、それでいいんじゃないですか?」

 朝比奈は、首を捻った。達也よりも若い朝比奈は、達也のこの作業を、『古くさい』と思うのかも知れないな、とは達也も薄々感じる。


「いや、マジで、重要なメールは、相手に確認とった方が良いぞ」

 正直、ムダなこの『文化』を、最初、達也はバカにしていたのだが―――。社内なら良い。だが、顧客とやりとりをする際、『メールやファックス送ったから見てくれ』という連絡が、どれほど重要か、痛感することになった。


 顧客は、対して重要ではない取引先から送られてくるメールなど、確認してすぐに返信することなど稀だ。そうこうしている間に、相手は、メールを削除してしまうこともある。


(特に、契約書なんかだと、目も当てられないんだよなあ……)

 最近では、デジタル署名で契約書を交わすこともあるが、相手に依っては、まだ、紙で印鑑を押したモノをpdfで欲しがったりする。


「そういうもんなんですかね?」

「そうそう。結構、こういう所に、先人の知恵があるもんなんだよ……」


「達也さんが、そういうなら、そうなんだと思うんですけど……」

 朝比奈は、納得していないようだった。それは、それでいいと、達也は思う。とりあえず、どこかで覚えていてくれれば、後で、大きなミスをしなくても済むかも知れないし、大きなミスをしたときに気付くかも知れない。そうすれば、その次は、ミスがなくなるだろう。


「そういえば、池田さんのチャット……」

「ああ、もつ鍋?」


「ええ……実は、もつ鍋を食べたことがないんですよ」

 朝比奈が、少し、恥ずかしそうに言う。


「あー、ホルモン系苦手だったりする?」

「焼き肉でも、それほどは食べないです。……結構、皆好きそうだから、ちょっと楽しみではあるんですけど。達也さんも好きですか?」


 ホルモン経験が少ないと、もつ鍋だけでは、苦手だったときに、しんどいかも知れないなと思って、それは、池田に伝えておくことにした。


「うん。好きだよ。焼き肉でも、ホルモンはかなり好きかなあ……あ、今度、焼き肉でも行ってきたら?」

「えっ? 行ってきたらって……達也さん、一緒に行ってくれないんですか?」


「うー、藤高さんとか、誘ったら良いんじゃないの? 藤高さん、結構あちこち食べ歩いてるから、ホルモン系が美味しい焼き肉屋とか、結構知ってると思うけど」

 達也の言葉を聞いた朝比奈が、目をぱちくりと瞬かせた。


「えっ……」

「俺、藤高さんに声かけとこうか?」


 朝比奈の顔が、真っ赤になっていく。それを見て、達也は、ちょっと、可愛いなと思った。朝比奈に対して、恋愛感情のようなモノを抱くことはないが、恋愛に懸命な姿は、可愛い。


「……あの」

「なに?」


「すみません、ありがとうございます。……達也さんは……、ヘンとか思わないんですか?」

 主語は、ぼやかしてあるが、何を言いたいかは、理解出来る。


『男が男の人を好きでも、ヘンとか思わないんですか』だ。


 達也自身も、性嗜好は男性との恋愛を求めている。達也は、今まで、あちこちにオープンにしたつもりはなかった。何故か、凪や、興水、神崎という、男たちに好かれているだけで……。


「まあ……思わないかな。俺もそうだし」

「えっ……!?」


 思わず声を上げてしまった朝比奈が、慌てて口許を手で押さえた。


「すみません……」

「俺は、会社とか、手近な所でゴチャゴチャしたくない……だけだよ」


「そう、なんですね」

「うん」


「……なんか、その辺の話、詳しく聞きたくなりました」

「俺の話は良いとして、ちょっと、藤高さんには、ジャブ打っておくよ」


 朝比奈が、ホルモン食べたことないけど、食べてみたいって言ってましたよ。……そう、雑談をするだけで良い。それならば、朝比奈も、藤高に話しやすくなるだろう。


 朝比奈は、「そうか、達也さんも……」と、小さく呟いていた。



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