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第106話 凪の様子

 興水は、なにやら忙しいらしい。


 送ったメールの返信が来たのは、翌日の夕方で、二人で話がしたいと言うことで、さらに翌日、一緒に飲みに行くことになった。


 藤高には、『朝比奈が、ホルモン食べに行きたいっていってたんですけど、藤高さん、そっち系でなにか良い店あったら、朝比奈に教えてやってくれませんか?』と声を掛けておいた。


 藤高は、ホルモンがかなり好きらしく、嬉々として、


「えー? 本当に? 良いなあ。じゃあ、朝比奈くんに話してこよう!」

 と、弾む足取りで朝比奈の席へ向かっていった。


 そののち『ありがとうございます』というメッセージが朝比奈から飛んできたので、こちらは、焼き肉に行く話しがうまくまとまったのだろう。


 それは良いのだが―――最近、どうも、凪が静かだ。


 名前の通り、凪。

 風のない、穏やかな状態。


(穏やかな、というよりは……、殻にこもってしまったような……)

 達也は、そう思う。


 殻にこもってしまった―――のだ。きっと、凪は。

 神崎との一件以来、おかしくなった気がするので、そこで、何かがあったのだろう。


 だとすると、達也にも責任があるような気がして、気が気ではない。


 ただ、なんとなく―――メールやメッセージを入れるのも、憚られる気がする。どうして良いか解らずに、達也は戸惑う。


 戸惑いながらも、仕事をしていても、凪のことが気になってたまらなかった。気になるのに、自分から、どうアクションを起こして良いのか解らない。


(めんどくさいのは……イヤだと思ったんだけどな……)

 それは今でもそう思う。職場で、ゴチャゴチャしたくないというのもあるし、自分の性嗜好が人に知られるのもイヤだ。


 そもそも、達也は、自分の性嗜好については、クローズだった。

 同性同士の恋愛が、世間的に認識されるようになってきたとはいえ―――まだ、それをオープンにして歩くつもりはない。第一、異性愛者が、いちいちオープンにして歩かないのに、同性愛者がオープンにするのも、なにか、違うような気がしているからだ。


 異性愛者がそれを公言して恋愛しないように、同性愛者であっても、そうでありたい。それだけだ。だから、特別に、公言する必要はない。


 ―――公言すれば、面倒なことも多いというのは、肌感覚で解るというのもあるからだ。


 とは言え、今回の、神崎との『トラブル』のおかげで、以前、『半ば強制的に』神崎と一夜を共にして、そこから神崎と交際のような関係性になっていた―――というのは、うっすらと知られているだろう。今更、性嗜好云々のコトを言っても、仕方がないのかも知れない。


 とりあえず、現状では、会社の人間が、特に、何かを行ってこないことがありがたかった。


 大抵の場合なら『どうしたんだ』とか『相談してくれれば良かったのに』とか……、ろくでもないことを言ってくるものだが、良い意味で、他人に対する関心が薄いのか、そういう部分はありがたいと思う。


 凪と……、何度か関係を持っている、というのは、あまり知られたくはない。


 それと、凪の様子が気に掛かるのは―――同居しても良い感情なのか、達也には、よく解らなくなっていた。ただ、いまは、その善し悪しは分からないが、気になっているだけだ。


(気になるなら……、メッセージくらい送れば良い)


 達也は、今日すべき仕事を一通り終えてから、大きく深呼吸した。

 スマートフォンを取りだして、凪へ、メッセージを送る。



『最近、元気ないみたいだけど、なにかあった?』



 本当は『俺で良ければ話くらい聞くけど』と書こうと思ったが、それは、やめておいた。なんとなく、自意識過剰な気がして、躊躇してしまったのだった。

 既読は、すぐに付いた。だが、返信は、しばらくなかった。


(ま、そっか……)

 興水との約束もあるし、今日は、早めに帰宅をする。


 今日は、前に出張で行った、新規開拓の件で、興水と話があって、時間を取って貰うことにしたのだった。あとは、今回、神崎の件では、興水にも、かなり迷惑を掛けた。だから、礼を言いたかったのだった。勿論、『チーム寄せ鍋』の全員に、迷惑を掛けたが、興水と藤高、そして凪には、さらに負担を掛けたと思う。


 それぞれに、お礼はしたかった。

(藤高さんは、個人で飲みに連れて行くと朝比奈に悪いから、あとで、なにか送っておくとして……)


 凪とも、一度、話をしたい。

 定時まであと三十分。店の予約までは三時間ある。興水は多忙で、残業すると言うから、遅い時間で予約を取ったのだった。


 達也も、なにか仕事をして時間を潰そうと考えていた所で、凪からの返信が来た。



『特に変わりないですよ』



 いつになく、素っ気ない文言だった。

 それを見ながら、もやもやした気分で居ると「あっ、俺、ちょっと十五分早上がりします!」と凪が、藤高に告げていた。


「あっそう? 解ったよ。じゃあ、おつかれさん」

「はい、お疲れ様です」

 凪は、すっとたち上がって、帰宅していく。珍しい。特に予定にも入っていなかったところを見ると、急遽、帰宅するようだった。


「水野……、なにかあったんですかね?」

 隣の席で、朝比奈がぼんやりと呟く。


「なにか……って?」

「体調不良で……、病院へ行くとか?」


 確かに、定時まで仕事をすると間に合わないが、十五分早上がりすれば、間に合う電車やバスがあるかも知れない。凪は、あの時に負傷していたから、抜糸までの間、消毒に通わなければならないはずだった。だが、それは、大抵、朝一番に病院に立ち寄ってからだったはずだ……。


「なんか、元気がないような気がしてたし、大丈夫かな……?」

「そうですねぇ、確かに、少しションボリしてますよね。とりあえず、凪の様子は、気を遣っておくことにしますね」


 朝比奈に「うん、よろしく頼む」と言ったが、なんとなく、達也はモヤモヤした気分のままでいた。



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