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第107話 興水と配慮と


 早退した凪のことは気になりつつ、達也は、残業をしていると、ORTUS社のイベント直前に、親子で挨拶に来てくれたタカシマフーズの玲奈からメールが来ていることに気が付いた。


 玲奈の企画で、新商品を開発したらしいと言うことで、その宣伝を行いたいと言うことで、具体的な話を詰めたいとのことだ。


 承知した旨を連絡して、藤高にも状況をメールで報告しておく。

 藤高は『解りました。その件は進めて下さい。何かあれば、相談して』とだけ連絡が来た。


 達也よりも若い社員である玲奈が企画した商品、というのは興味があるし、ギリギリ同世代と言える達也ならば、完成がそう離れていないだろうから、出来ることもあるだろう。それに、達也を頼ってきてくれた、というのは単純に嬉しい。


 どういう話になるかは解らないが、とりあえず、タカシマフーズの今までの傾向と、取扱商品を考えれば、そのあたりのトレンドを探っておくのは必須だった。同世代の人たちのトレンド、傾向、嗜好なども捕らえておく必要がある。あらかじめ、そういうリサーチをやっておくと、話がスムーズに行くことが多い。


 リサーチに熱中していると「そろそろ帰らない?」と興水に声を掛けられた。


「あっ、興水」

 すでに帰宅している朝比奈の席に腰を下ろしながら、興水は「だいぶ、根を詰めてやってるみたいだから、声を掛けないと、すっぽかされそうだと思って」と笑う。


「あー、すまん。ちょっと、新しい案件の話があって、リサーチしてた」

 そう言いながら達也は、PCをシャットダウンした。纏めならば明日以後でも良い。打ち合わせまでに進めておけばいいだろうと思っている。


「リサーチか。……うちの会社、こういうリサーチ情報の共有化とか、出来たら良いんだけどね」

「あー……そう言うのだったら、若手に声かけたら、良い方法知ってるんじゃないの? AIとか活用して、要約したりとか……」


「なるほど。たしか、朝比奈が、そっち系強かった気がするな」

「そうなんだ……」


 達也と朝比奈は席が隣だが、そういえば、お互い、仕事の得意分野など、やりとりをしたことはない。一応、朝比奈の上司としては、駄目な気がして、背筋に冷たい汗が伝う。


「ま、それじゃ、そろそろ行こうか!」





 自宅近くの居酒屋チェーンに入り、適当に注文する。

 平日だというのに、店内は盛況で、オープンの席からは大声で会話する声が聞こえてきて少々うるさい。


「これ、個室で助かったな」

 苦笑しながら、興水が店内の喧噪に眉を顰めた。

 大学生達だろう。Tシャツ姿の男女のコールの声が聞こえてくる。


「飲~んで、飲んでっ! 飲~んで、飲んでっ! ハイっ、飲~んで、飲んでっ! イッキっ! イッキッ!」


 手拍子とコール。歓声。とにかく、元気が良いと言ったら聞こえは良いが、うるさいことこの上ない。しかも、スマートフォンで動画も撮っているらしい。


「あのノリについて行けなくなった俺らって、年とったんだなあって思うよ……」

 興水が、げんなりした顔をして呟いているのが、なんともおかしい。


「じっさい、大学の頃なんか、あんなモンだったと思うんだけどね」

「あんなに酷かったかあ……? あー、いや、あんなに酷かったんだろうなあ……十年も前じゃないのに、こんなにくたびれるとは思わなかったよ」


 それは確かに、と思った達也だが、ここで同意してしまうと、しばらくこの話題になりそうだったので、強引に話題を変えることにした。忘れないうちに、誤っておいたほうが良い。


「興水、あのさ。……この間の神崎さんの時は……、いろいろ、世話になった。ありがとう」

 ぺこり、と頭を下げると、興水が「はぁっ」と盛大なため息を吐いた。


「アレは、あの人が悪いだけ。……だから、達也が謝ることはない」

「でもさ……、いろいろ、動いてくれたじゃないか。結局、あの時、料亭から電話した時も、お前だったし」


「あれは、良い判断だったよ。……一応、あの人とも面識があったから、不審にならない程度のやりとりは出来た」

「うん……」


「まあ、俺としては、お前が、いざっていう時に俺を頼ってくれたことが、単純に嬉しかったけど」

 興水は、にやっと笑う。


「ど、同期だから……」

「まあ、そういうことにしておくか。……もし、よかったら、俺にも何かご褒美くれると嬉しいけどね」

 ははは、と興水は笑う。


「ご褒美代わりに、今日の飲みは、俺が持つ予定なんだけど」

「あっ、そうなの? じゃあ、遠慮しないで食べることにしよう。……えーと、この店で一番高いのは何かな……」


 笑いながらタブレット端末でメニューを探す興水は、達也を気遣って、こういう軽口を言ってくれるのだろう。それが、ありがたくて、じんわりと、胸が熱くなるのを、達也は感じていた。



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