興水は、宣言通り遠慮しなかった。これも興水らしい気遣いだろう。
テーブル一杯に並んだ料理は、壮観だった。
ハイボールの大ジョッキ。ポテトサラダ、鶏の唐揚げ、焼き魚、鶏モモと鶏つくねの鍋、刺身、叩きキュウリ、牛すじ煮、だし巻き卵にポテト……。
「あと、これ食べ終わったら、ピザね。俺ね、だし巻きとピザ大好きなんだよね」
帰宅後、すぐに胃薬を飲もう、とだけ覚悟して、達也は「おう」と受ける。
「じゃあ、とりあえず飲もう」
なみなみとハイボールの入ったジョッキは、かなりの重量だった。
「これ、一キロ位あるんじゃないか……?」
「ちょっとした運動になりそうだな」
興水は笑っているが、達也は、ぞっとする。ジョッキの半分くらいが、一気になくなっているのを見たからだ。
「お……まえ、それ、ペースが早くないか……?」
「あー、オシャレな店ならセーブするし、この後、どこぞに連れ込むつもりなら、セーブするけど、今日は、別になあ……明日、二日酔いにならなきゃ良いよ」
さらりという興水の言葉に、多少、達也は気分が楽になった。興水の気持ちが達也に向いているのは知っているので、また、口説かれるのは面倒だとおもっていた。
「もう、口説く気がないなら、こっちはありがたい」
「誰がないって言ったよ」
「えっ?」
「今は、まだ、いろいろ整理出来てないだろ。……こういうときが一番落としやすいんだろうが……、一旦、お前は、自分で色々考える事があるんじゃないかと思ってるから、同期の上司をやるだけだよ」
一気にジョッキを呷って、ジョッキが空になる。好かさず、追加で、ジョッキを二杯注文していて、達也は、ゾッとした。
「興水……ちょっと、ペース、早くない?」
「ハイボールはいくらでも飲めるんだよ」
「逆にコスパ悪いわ……はあ……、なんか、仕事の話と思って誘ったんだけど……」
「ど?」
「そういう気分じゃなくなった……」
「なんだ、ちゃんと、仕事の話をするつもりだったのか」
興水は不思議そうな顔をして言う。「てっきり、俺は、仕事の話は口実で、ただ、……グチに付き合って欲しいとか、そう言うことだと思っていたけど」
「えっ? さすがに、上司誘ってグチは、ヤバイヤツでしょ」
「まあ、そうなんだが……、お前、何かあったら、凪を頼るだろ? 最近は。でも、最近、何か、凪の様子が変じゃないか? だから、俺が誘われたんだと思ったよ」
「それでいいのかよ、お前は」
思わず、達也は呆れてしまう。
「まあ、今の所は、それでいいよ。……今は、お前は弱っているだろうし、そう言うところに付け入るのは、好きじゃない。神崎さんみたいになるから」
神崎、という名前を聞いて、達也はドキッとする。だが、それだけだった。動悸がしたり、息苦しい感じにはならなかった。
「……そうだな」
「まあ……最近確かに、凪はヘンだよなあ」
興水は、届いたばかりのハイボールを傾けながら言う。
「お前でもそう思うか?」
「ああ。……怪我もしているし、もしかしたら、メンタル的に負担が掛かっているのかも知れないな。俺には解らないから、あとで話を聞いてくれると助かる。……藤高さんも、心配してるだろうし」
「そう……だけど、LINEとかも、なんか、返事が素っ気ないんだよ」
「そうなのか……でも、お前が誘ったら、凪は、すぐにOKするんじゃないか?」
いままでは、確かにそうだった。
凪は、今まで、達也が誘ったら、一も二もなく誘いに乗っただろう。だが、今は、なんとなく、避けられていそうな気がする……。
「あっ……っ」
「どうした、達也」
「俺、凪に避けられてる気がする」
「避ける? 凪が?」
驚いている興水を余所に、達也は、最近の凪の様子を思い出していた。
話しかければ、応じてはくれる。だが、素っ気ない。当たり障りのことを、笑顔で顔されているような―――やんわりとして拒絶感があるように感じていた。
「ああ……なんとなく、だけど……。なんか、避けてる気がする」
「子犬みたいに、お前の周りをちょろちょろしてたあいつが、ねぇ……」
興水が首を捻った。確かに、暇を見つけては、凪は達也の机の所にきて、あれこれと話をしていた。それが、今は、まったくない。席替えをしてしまったことによって、何かが変わったのだろうか……。それとも―――。
「なあ、興水」
「なんだよ」
「俺って。もしかして、なんか、この間の神崎さんの件の時って……やらかしちゃいましたかね?」
あの事件の後から、凪はおかしくなった。
ならば―――あの事件の時に何かがあった……と考えるのが普通だろう。それが、達也には、見当も付かないだけで……。