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第110話 打ち上げはもつ鍋


 池田主宰のもつ鍋の会は、チーム寄せ鍋全員参加になった。

 皆そろって定時で上がり、二駅となりのもつ鍋屋へ向かうことになった。


「凪、怪我は、どんな感じなんだ?」

 帰宅ラッシュのホームは人がごった返している。生暖かい風は湿度が高くて、不愉快になるが、凪は、涼しい顔をしていた。


「順調に回復してます。来週には、抜糸出来るそうです」

「それなら、よかった……それ、痕とか、残ったりしないのかな」


 もし、痕になってしまったら、心苦しい。神崎の件がなければ、凪はこんな怪我をすることはなかったのだから……。


「ああ、大丈夫ですよ。残らないみたいです……残ったなら、残ったで、ちょっと嬉しいですけどね」

 凪の小さな言葉が、達也の胸を、揺らす。


「嬉しい?」

「はい、嬉しいです」と凪は、空を見上げた。「……ずっと、達也さんの思い出が、残るじゃないですか」


「思い出」

 なんとなく、胸が、ざわざわする。


 思い出が欲しい―――というのは、凪が、離れていくような、気がするからだ。

(……俺に愛想を尽かして……、会社を去る……とか?)


 凪は、そもそも、『良い会社』に就職が決まっていたらしい。だが、それを蹴って、小さな中小企業を選んだとは聞いていた。実家とは、縁を切ったらしいのだが、小さな会社に就職したのが原因だとしたら―――。


 などと、とりとめのないことを考えていた達也の思考は、「あ、ここっスよ」という池田の言葉で、掻き消された。

 池田が案内したのは、いかにもチェーン店という雰囲気の、居酒屋だった。


「へー、ここにもつ鍋あるんだ」


「楽しみですね」

 とは朝比奈だった。朝比奈は、藤高と焼肉屋に行ったというところまでは聞いたが、ホルモンは食べられるかどうかは聞いていなかった。にこやかに楽しみだと言うからには、ホルモンも平気だったのだろう。


(……まあ、藤高さんと一緒ってのもあるかも知れないけどな……)

 その理論で言うなら、藤高が居る限り、朝比奈は何でも美味しく食べることだろう。


「ここ、一見普通のチェーン店に見えるんですけど、本当に、もつ鍋が凄く美味いんですよ」

 池田が拳を握って力説する。


「凪は、もつ鍋とかは?」

 傍らの凪に声を掛けると、「えっ? 大学の頃、たまに行きましたけど」とだけ返答があるが、それ以上会話は続かなかった。


 最近、なんとなく、避けられているような……感じがしている。

 気詰まりにはなるが、それ以上に、心配だった。


(だって……、お前は、いつだって、俺につきまとってきたのに……)

 それとは、まったく異なる姿だった。


 達也は、まとわりついてくる凪を、少しだけ鬱陶しくは思っていたが、イヤではなかった。

 多分、本気で、イヤならば、全力で拒否をしていただろう。そうすれば、凪も、しつこくはつきまとわなかったのだと思う。


 なんとなく、凪につきまとわれたかったのかと思えば、少し、モヤっとした気分になるが、それは、それ以上追求しなかった。


「達也さん、行きましょう……みんな、中に入っちゃいましたよ」

 凪に促されて、達也は「お、おう」と応じながら、中へ入って行った。


 店内は、個室らしい。靴を脱いで、区切られた掘りごたつ式の個室へ向かうスタイルだった。障子のついた小部屋が廊下を挟んで何個も並んでいる作りだ。


「意外に、寛げていいでしょ?」

 池田が笑う。


「この間みたいに、何サンでしたっけ? 凪の知り合いが乱入してこないことを祈りますけど」

 ははは、と池田は笑う。確かに、前回、チーム寄せ鍋で鍋をやったときは、遠田が乱入というか、首を突っ込んできたのだった。


「そんなに度々、……遠田さんも、乱入してこないだろ。第一、凪、別に、あの人に、今日ここで飲み会とか行ってないでしょ?」

「えっ? ええ……言ってないですよ」


「それで、かち合ったら逆に面白いですよ。ストーカーかって」

 ゲラゲラと池田は笑う。もし、そうだった場合は、遠田は凪のストーカーということになるのだろう。遠田は、以前、達也にも突っかかってきたとおり、遠田は、思い込みが激しいし、凪については『付き合っていると思っていた』と言っていたはずだ。


「なんか、遠田さんが迷惑なことしてたりするなら……相談してくれ。……俺も、神崎さんの件では、凪に世話になってるから」

 遠田が、思い詰めて、凪に危害を加えると言うことも、十分考える事が出来る。


「大丈夫ですよ。……遠田は、別に、そういうことをする人じゃないですし」

 凪が、ふにゃっと笑う。なんとなく、今まで見たことがない笑い方だったので、あまり、良い感じはしなかった。



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