凪の様子は気になりつつ、もつ鍋の会はスタートした。
飲み放題を付けたらしく、スタート用の飲み物を注文して、すぐに鍋と料理が運ばれてくる。
鍋は、もつがたっぷり入った真ん中に、ニラとニンニクの薄切り、それに糸唐辛子が載っている。良く見ると、ニラの下にキャベツが沈んでいるが、シンプルな作りの鍋だった。
「うまそう」
興水が鍋を覗き込んで言う。声は、弾んでいた。
「……興水、もつ鍋好きなんだ」
「うん。明太もつ鍋にハマってたことがあるよ」
キリッとした顔をして言い切る興水に「なんか、あんまり、もつ鍋のイメージないですよねぇ」と朝比奈がポツリという。
「そうかな」
「はい。藤高さんが、ホルモン好きっていうのはこの間知ったんですけど、興水さんって、あんまり、居酒屋とか来なさそうで……」
「いや、普通に来るよ?」
「……なんか、オシャなお店とか、凄く知ってそうで……」
「なんか、そういうイメージありますよね。解ります」
朝比奈と池田が言うのを聞いて、達也は苦笑する。達也も、似たようなことを言った気がしたからだ。
「そりゃ、この歳だから、それなりの店とかは知ってるけど」
「あっ、恋人と使ったりする用ですか?」
池田が身を乗り出して聞くと、興水はさすがに微苦笑した。
「そうだと良いけどね。大体、いつも、本命にはフラれるんだよ。諦めは悪いタイプなんだけど」
「えー、っ?! 興水さんが? 興水さんのこと、フる人が居るとか、全く、考えられないんですけど」
「ははは」
興水は、乾いた笑いを浮かべる。「でもまあ、だから、こそ、こうして、フラフラしてるわけだよ。そもそも結婚はするつもりはないし、本命にはフられる呪いが掛かってるし」
「興水さん、それ、……ちょっと、非モテ発言っぽいですよ。良いじゃないですか、興水さん、モテるんだし」
「……モテたい人にモテなかったら、何の意味もないけどねぇ」
興水と池田のやりとりを、達也は、なんとなくひやひやしながら聞いていた。まさか、飛び火はしてこないだろうし―――今の興水の『本命』が達也だというような、自意識過剰なことを言うつもりはなかったが……。
「まー、そうっスよねぇ。なんか、世の中、あんまりうまく行かないことばかりっスよねぇ」
池田が笑いながら鍋の様子を確認した。鍋の中では、もつが、ぷりっと煮上がっているのが見えた。
「あっ、このあたり、もう良さそうっスよ」
池田が興水からとんすいを受け取って、もつ鍋を取り分ける。次は、藤高、達也、朝比奈、凪と取り分けてくれた。
「池田、結構、鍋奉行?」
達也が聞くと「んー、もつ鍋限定っスね!」とにかっと笑う。
「なるほど……」
「ま、とりあえず、鍋も始まったし、乾杯しましょうよ」
「そうだな、じゃあ……カンパーイ」
ここは、率先して藤高が乾杯の音頭を取った。乾杯して、一気に飲み干す。仕事上がりの酒は、身体の隅々まで一気にアルコールが染みこんでいくようで、美味かった。
「……あの会社さんとは、いろいろあったし……最終的には、ちょっと、事件になったけど……、とりあえず、会社には損害は出てないからね! 凪と瀬守は、本当に悪かったと思うんだけど」
「ちゃんと……、お金って出たんですか?」
池田が心配そうに聞く。
イベント自体が中止になってしまった。それに、『着手金』は支払われていない。頓挫した場合、数ヶ月分のこのチーム寄せ鍋分の人件費、その他が全て、持ち出しの形になってしまう。それを、池田は心配していたのだ。
「さすが、大企業だよねぇ……。このあたりの会計処理は滞りなく進めて、それで、会長さん、退任したらしいよ」
「えー……すごいですね」
「とりあえず、契約した金額を貰えたから……今期の売上げに、多大な貢献が出来たという意味では、すごく感謝してるよ。お金は貰えないと思っていたから、本当に助かった。……仕事自体は、ちょっと残念なこともあったけど。とりあえず、瀬守と凪が無事で良かったし」
「まあ、それは……」
達也は、隣にすわった凪に視線を遣る。凪は、黙々とビールを飲んでいる。藤高の言葉を、聞いていないような態度だった。
「凪……?」
「えっ? ああ、済みません……なんか、色々ありすぎて、ぼんやりしちゃいました。……俺も、入社してこんな大きい仕事に関われて、凄い充実してたんです。毎日。……それで、気が抜けちゃって」
凪の言葉は、なんとなく整合性だけは取れているようだった―――が、違和感はあった。