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第113話 神崎の影


 凪のことは気になりつつ鍋を食べていると、ほどなく興水と藤高が戻ってきた。


「あー、お前ら、結構食ったな」

「だって食べないと煮詰まっちゃいますよ!」

 池田は笑う。


「まーしゃあない。……って、殆ど鍋残ってないな。お前ら容赦ねぇなあ」

 藤高が笑う。興水も「あー」と残念そうな声を上げている。


「……ま、冗談ですって……。こっち、お二人の分、取り分けておいたんですよ」

 池田がとんすいを二つ差し出す。


「えっ?」

「……予備のとんすいあったから。こっちで適当にとりわけておきました……冷めちゃってたら、一旦鍋に戻して貰って」


「……なんかスマン」

 藤高が、小さく謝って、池田からとんすいを受け取る。


「ちょっと、みんなに相談なんだけどさ」

 切り出したのは、興水だった。


「なんすか?」

「今、藤高さんの所に、ORTUSさんから、連絡があった」


 ドキッとした。ORTUSは、神崎の会社だ。もう、縁は切れたと思っていたが―――事後処理を含め、まだまだ、やりとりすることはあるのかも知れない。


「なんの用事なんですか?」

 中腰になって身を乗り出してきたのは、凪だった。顔色が、悪い。


「……落ち着け凪……。あちらから、新しい仕事の提案を受けた」

 仕事、と言われて、達也は、腹の底が、砂で擦られたように、ざりっとする。


「仕事……」

「それで、受けるんですか!? 一体、何を考えてるんです」

 凪が声を荒らげる。朝比奈と、池田は、凪に同意して、肯いているのが解ったが―――達也は、そこまで、単純ではなかった。


 仕事は―――あればあるだけありがたい。できるだけ、断りたくない気持ちはある。


 勿論、神崎の秘書と言われれば、絶対に断るところだが……。


「どういう仕事なんですか?」

「一応、守秘義務があるから、これ以上は、勘弁してくれ」

 機密性の高い仕事―――ということだろう。


「でも、この間みたいな仕事ではないし……、本社側とのやりとりはないということだけは」

「だからと言って、この間、あんなことがあったところと、また、仕事をするとか……正直、正気じゃないっスよ!!!」


 池田が声を荒らげる。それは、達也の為なのだと思うと、達也は、なんとなく不思議に冷めた気持ちになった。ORTUS社とは、確かに二度と関わり合いになりたくなかったが……。


(ORTUS社というより、神崎さんに二度と関わりたくないっていうだけだからな……)


 それは、達也の中で、確かな気持ちだった。神崎には会いたくない。関わりたくない。だが、それは、ORTUS社とは別のことだ。


(好き嫌いで、仕事をしないのと、一緒かも知れないな)


「……条件によっては、受けたら良いんじゃないですか?」

 達也の言葉に、いきり立ったのは凪だった。


「達也さんっ!!!? 何考えてるんですかっ!!?」


「……お前はさ、怪我をしてるから、あそこと関わらなくて良い。ただ、俺としては、先方の思惑も解らないのに、一方的に、話を切るのもどうかと思っただけだ。勿論―――大きな会社と、パイプがあるというのは強いし、今回の件で、あちらは、うちの会社に、借りを返したいと言う気持ちもあるかも知れない。こんなのは、現場の人間で判断出来るレベルじゃないよ。

 ただ―――俺としては、もし、話を受けるなら、俺に担当させて貰いたいとは、名乗り出ると思う」


 達也は、自分でも驚くほど、淡々と話をした。藤高が、驚いてみていたし、凪は、怒っているらしく顔を真っ赤にしている。


「なんでっ!!?」

「―――いろいろあるけど、この先、一生、ORTUS社とか神崎さんの名前をみて、ドキッとして生きるのは嫌だから」


 さらりと口から出てきた言葉は、達也も思いも寄らないものだったが、それは、本心のような気もしていた。この先、一生―――神崎の影に怯えて生きるのは、冗談ではない。


「荒療治っスか?」

 池田が呆れたように言う。


「たぶん?」

「多分って何ですか……」

 朝比奈が、吐息しながら言う。


「よく解らないんだけど」と前置きをした上で、達也は続ける。「ここで、逃げると、一生逃げ続けそうだから」

「まあ、瀬守の考えは解った。……一旦、社長と話してみる」


「はい。その時は、俺のこと、推薦してください」

「あっ、藤高さん。俺も推薦お願いします」

 手を上げたのは興水だった。


「えっ? 興水くん?」

「ええ―――達也は大丈夫っていうかも知れないですけど、いざとなったら、誰かが矢面に立つ必要がでるかもしれないでしょう。……達也とは、新規案件を今までと違う所から取ってくるプロジェクトをやっているんです。その範囲であれば、俺が適任ですよ」


 興水の言葉に、藤高は少々渋い顔をして「うーん」と唸っていたが、やがて、「解った」と了承した。


「社長から、オッケーが出たら、ちょっと、興水くんと、瀬守とで話そう……よしっ、今回の話はコレで終わりっ!! まだ、〆行ってないでしょ! 池田。〆って何?」


 藤高が、わざとらしい笑顔を作って言う。先ほどまでの、深刻な顔をされるより、よほどありがたかった。


「あっ、ここですね。〆、選べるんですよ。俺のお勧めはちゃんぽん麺なんですけど、うどんと、ラーメンと、雑炊と餅を選べますよ。どうしますか?」

「みんな、何が良い?」


 藤高が問うと、隣の興水が「ちゃんぽん麺」と声を上げる。


「あっ、自分もちゃんぽん麺が良いです」

 圧倒的にちゃんぽん麺の希望が多かったので、池田は「よし、じゃあ、ちゃんぽん麺で」と注文を始めた。


「ちゃんぽん麺なんて珍しいな、凪」

 隣の凪に声を掛けたが、凪は、一言も返さなかった。



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