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第114話 二軒目


 〆のちゃんぽん麺まで食べたら、すっかり満腹になった。


 用意されたコース料理を全て食べ終え、会計を済ませて外へ出る。まだ、あたりには、会社員の姿が多かった。生暖かい外の空気が、不愉快だが、それを吹き飛ばす明るさで、二軒目へ向かっていくようだ。


「あー……苦しい……」

 腹を押さえながら苦しげに喘いでいる藤高に「〆パフェ行きますか?」と朝比奈が声を掛ける。


「えっ??? い、行かないよ~、お腹がいっぱいだよ……」

 情けない声を出しながら藤高が言う。


「確かに、藤高さん、腹出てますね」

 池田が笑いながら、藤高の腹を確認する。


「ちょっと~」

 抗議の声を上げる藤高を尻目に、達也は、興水と凪を見やった。二人とも、静かだった。


「二人は、なんか、涼しい顔だけど……まだまだ、食べ足りない感じ?」

 興水は、意外に健啖家だったな、とは達也は思う。


「……えっ? ……大丈夫だけど? 凪は?」

「俺も、腹一杯です」


 凪の返答に、なんとなく、違和感がありつつ、達也は「まっ、腹が満たされたんだったら良いか」と小さく呟いて、藤高たちに合流した。


「電車、どれくらい?」

 藤高に確認されて、腕時計を確認すると、電車は今しがた行ったばかりだった。


「二分前……ですね」

「あらら」


「藤高さんたちは?」

「うちは、ここからなら、徒歩。池田と朝比奈は、バスだって。凪は?」

「……僕は、電車が、あと十分で……」


「そっか。じゃあ、もう行った方が良いな。じゃあ、お疲れさん」

「ありがとうございます。じゃあ、お疲れさまでした」

 ぺこりと一礼をしてから、凪は去って行く。


「じゃあ、バスも時間あるし」

「おう、気を付けて!」


「お疲れさまでした!!!」

 皆と別れて、興水と二人になった。家が近所なので、必然的に一緒に帰ることになる。


「電車っ何時?」

 興水が静かに問う。


「……次の電車は一時間後」

「はあ……、結構空くなあ。……ちょっと、二軒目行くか?」


 別に、二軒目には興味はなかったが、ただ、駅のホームでぼんやり一時間立っているよりは、マシな気がした。


「おう、行くか」

「うん……このあたりって、詳しい?」


「あんまり」

「俺もなんだよね」


 興水の言葉を聞いた達也は、スマートフォンを取りだした。手近な店を検索すると、駅の目の前に、立ち飲みオンリーで酒をだす店があるようだった。間口は狭いらしいが、一時間くらい飲むだけならば、丁度良いような気がした。


「立ち飲み、あるらしいよ。そこにしようか」

「おっ、いいね」


 ただ、立ち飲みという性質上、食事系があまり充実していないだろう。健啖家の興水は、満足するだろうかと、少し心配になった。


「食事系はないみたいだけど?」

「いいよ、一時間くらいでさらっと飲むだけだろ」


「お前が良いなら……」

 興水と二人でたどり着いたのは、小さな立ち飲み居酒屋だった。カウンターの中に、店主が一人、あとは男が七人も入れば、肘がぶつかる。


「二人だけど大丈夫です? 一時間くらいで出ますけど」

 声を掛けると常連らしい男が「あ、じゃあ、俺が出るよ。……じゃあ」と大きな身体をのそのそと揺らしながら出てきた。「お兄ちゃんたち細いから、入れるだろ……あ、ここは、日本酒と塩辛がお勧めだから」とお勧めまで教えて去って行く。


 男が抜けたところに、入って行く。

 興水と、肘が触れて、すこし、落ち着かない気分になった。


 店内には、沢山の貼り紙がしてあって、酒の銘柄、それにつまみの名前が書かれている。


「お兄さん達、初めてだよね? うちは、お金とと引き換えにお出しするスタイルだから」

 しかし、店内に張り出されたメニューには、肝心の値段が書いていない。


「料金って、おいくら何ですか?」

「えっ? ああ……料金は、全品四百円だよ」


 となりの客が教えてくれる。テーブルの端には、百円玉が積み上がっている。どこかで両替をしてから、ここへ来るのだろう。


(俺、そんな小銭持ってたかなあ……)


 ただでさえ、最近、キャッシュレスで支払うことも増えている。不安に思っていたが、「十品一気に注文すれば四千円だよ」と教えて貰ったので、なるほど、と納得した。


 入れ違いになった常連客の言う通り、日本酒と塩辛、それに、いくつかのつまみを注文する。十品には足りなかったが、千円札を組み合わせて、なんとか支払うことに成功した。


「……なあ、興水」

「んっ? なんだ?」


「……仕事の話の前に、ちょっと聞きたいんだけどさ、凪って、最近、ちょっと、変じゃないか?」

 興水の顔が、真顔になって、凍り付いた。


 二人きりの時に、凪の話をされるとは、思ってもみなかったのだろう。だが、聞かずには居られなかった。



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