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第117話 案件と悔しさ


 翌日、藤高に掛かってきたORTUS社の元代表・榊原からの電話の件で、達也は、会議室に呼ばれた。


 会議室には、社長、藤高、興水の三人が居て、達也も恐縮しながら入って行った。


「失礼します、瀬守です」

 会議室に集まっていた中で、社長の佐倉と、藤高は渋い顔をしていた。ORTUS社とは縁を切るという、絶縁を宣言していたので当然と言えば当然の反応だろう。


「まあ、とりあえず座って」

 藤高に促されて、席に着く。


「とりあえず……、先日の、ORTUS社との一件では、皆に苦労を掛けた。とりあえず、水野が怪我をしたのと、瀬守の件では、いろいろあったが……、一応、無事で良かった。本当は、佐藤部長にも同席して貰いたかったんだけど、佐藤部長は、採用関係で、説明会に出てしまっていてね」


 と前置きしてから、と佐倉が、机の上で、手を組んだ。何度か、手を組み替えているのを見ると、どうも、切り出しにくい内容ではあるらしい。


「うちは、瀬守の件があったから……、もう、あちらとは仕事をしたくない、連絡も不要だという旨を申し入れていたんだよ」

「はい、それは伺っています」


「けど、昨日の夜、榊原さんが、うちに話を持ってきたんだよ」

「それも、知ってます」


「……それで、私としては……、もうあそことは関わらないほうが良いと思うんだけどね……」

 佐倉が言葉を濁す。


「俺は、せっかくの機会だから、やってみたほうがいいと思ってるんですよ」

 と口を挟んだのは、興水だった。


「僕は、反対だよ、興水くん」

 佐倉と藤高は、反対派。興水は賛成派ということらしい。


「それで、当事者の、瀬守くんの話を聞こうと思ったら、君は、賛成だって言うことだって言うことだったから……さて、どうしたものかと思ってね。会社のことを思えば、ここで、大手企業と『つなぎ』を持っておいたほうがいい―――とか、そういうのは、まず、考えないでね。

 瀬守個人の気持ちとして、どう思ってるか聞きたくてね」


 気持ち、と言われて、達也は、しばし考えた。

 確かに、ORTUS社とは、関わり合いになりたくない気分はある。けれど、一生、神崎に怯えて過ごすのも、冗談じゃないと思う。


「俺は、やってみたいです。……確かに、ORTUSさんとは、あんまり関わり合いになりたくないとは思いましたけど……、悪いのは、神崎さんだけだし……、一生、あの人を気にして生きていくのも嫌なんで」

 佐倉が、驚いて目を丸くしている。


「それは……まあ、そうなんだが……」

 言葉を濁している佐倉に、興水が言う。


「今回の件は、瀬守には、窓口フロントをやらせないということでどうでしょう。その上で、精神的にきつくなったとか、そういう場合には、すぐに外れて貰って、サポートをするという形で」


「まあ、あちらとやりとりをさせないというのは、大事だな」

「それであれば、ORTUS社ともやりとりをしていた経緯もありますし、俺が、間に入ります」


 興水がキッパリと言い切った。それを頼もしく思いつつ、それで良いのだろうかと、多少の罪悪感に胸が痛む。何もかも、興水に頼りきりな気がしたからだ。


「まあ、興水くんが入ってくれるなら……」

「はい。それに、これは、瀬守と進めていた『新規顧客開拓』の話にも繋がると思うんですよ」


「それは……たしかにそうだな……。あと、これは、社内の調整の話で申し訳がないが」

 と佐倉は、苦々しい顔をして、切り出す。


「はい?」

「……今年の社長賞とか、社内表彰から、瀬守は外すよ」


 外す、と言われて、達也は(えっ?)と固まってしまった。


「実は、年末にやってる社内表彰……、この時期に決めているんだよ。それで、今回、瀬守に社内表彰を出すと、おそらく、一人や二人くらいは、今回の事件のおかげで受賞した、っていうことを言ってくると思う。なので、今年は、社内表彰は受賞出来ないと思ってくれ」


 納得できない―――と思いつつ、それが、思いやりだというのは、理解した。理解したのと、受賞出来なくて悔しいのは、話が別だ。社内表彰自体に、それほど価値があるかどうかはともかく、とにかく、一年間頑張ったというのを、認めて貰える機会ではある。それが無くなるのは、悔しくて、達也は机の下でぎゅっと拳を握った。


「……その代わり、ボーナスの査定には反映するのを約束するから」

 佐倉は、具体的なパーセンテージを口にした。それは、ありがたい。だが、ここで、騒ぐわけにも行かないだろう。


 最適解は、へらっと笑ってやり過ごすことだろう。達也は、腹に力を入れて、笑う。


「解りました。じゃ、ボーナスは期待してます。……で、社内表彰受けられなくても、新規顧客開拓はやりたいです。今回の件、やらせてください」


 悔しさがにじみ出ないように注意しながら、達也は言った。


 佐倉は、しばらく、達也を静かに見つめていたが「わかった」と、ポツリと呟く。観念した、というような口振りに聞こえた。




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