「じゃあ……、ここから先は、実務の話だね」
佐倉は、藤高を見やった。榊原からの連絡は、藤高が受けている。もっと詳しい内容を連絡されているのだろう。
「実は、昨日の夜、榊原さんから、連絡があったんですよ。メールで、資料が送られてきました。僕のほうでは、一通り目を通しました」
そう言いながら、藤高は、自分のPCとプロジェクターを繋げた。
資料は、ORTUS社の社名の入ったスライドだった。
「まだ、榊原さんのほうで、権限が残っているらしくてね。この件の立ち上げだけは、やってからORTUSを去るそうですよ」
映し出された資料には、思い掛けない言葉が書かれていた。
「『おにぎり専門店・グッデイ』?」
ORTUS社は、IT企業のはずだった。だというのに、なぜ、おにぎり? 達也は戸惑ったが、チラリと佐倉と興水を見やると二人も、怪訝そうな顔をしているので、達也と気持ちは同じなのだろう。
「……ORTUS社の新業態ということで、支社もある、この地域におにぎり専門店を展開するということです。一応、調査をして出店したようですが、あまり、うまくいかないということです」
このあたり、というのは、佐倉企画がある、この地方都市のことだ。
「なんでおにぎり……」
「一応、そのあたりの、資料は頂いていますので、あとで目を通して置いてください」
藤高は資料を操作しながら、説明をしていく。
「……おにぎりの専門店というのは、実は、全国的には、増えています。インバウンド客を狙った高級ラインというものもありますが、グッデイは、インバウンド客ではなく、デイリーで遣ってくれる食事にしたいということですね。それで苦戦をしているということです」
「……もう、営業はしているんだね」
「はい。ただ、採算ラインには未到達、とりあえず、来年度は営業の継続を決めているいうことです。ただ、来年度のORTUS本体の営業成績如何では、見直しと言うこともあり得ると思います」
淡々と、藤高は告げる。
親会社がIT企業の、売れないおにぎり屋……。
「それで、うちが何をするんですか?」
達也が問う。
「……勿論、売れるようにして欲しいと言うことだけど?」
「広告だけですか? イベントとかは?」
「今の所、『商売が軌道に乗る為の手伝いをして欲しい』としか」
「……それなら、どこかのコンサルに入って貰ったほうが良いんじゃない?」
「いや、コンサルは、入って貰ってると思いますよ、ITが他業種に売り込みに行ったわけだから、無策では行かないでしょう。で、大方、コンサルに高い金を払って失敗した系じゃないですかね」
興水は容赦ない。達也も、そうかもしれないとは思った。
「売れそう?」
佐倉が、にやっと笑いながら、達也に問う。
売れないおにぎり屋。それを売れるようにする。大変かも知れないが、やりがいはありそうだ。そして、ここには、神崎は来ないだろう。
「やりたいです。ただ……ゴールは明確にしたいです」
「ゴール……?」
「何ヶ月オーダーで、どれくらい売上げ、集客が改善するのを目的とするのか……それが体感の『大繁盛』とかだと、ムリだと思います」
達也の問いは、佐倉を満足させたようだった。
「うん、それは確認する必要があるね。……じゃあ、この件は、興水くんと瀬守くんに任せよう。藤高くん……その旨、連絡してくれ」
佐倉の指示に「解りました」と受けて、藤高は、PCを操作している。プロジェクターで、藤高が、先方にメールを打ったのが解った。
本件は、興水と瀬守が担当します。以後のやりとりは、興水によろしくお願いします。
思わぬ仕事だったが、やりがいはありそうだった。
「思ったより、大変そうな仕事だな」
興水は少々、気が引けていたようだが、達也はそう思わなかった。少なくとも、ORTUSの榊原のような人が、『売れる』と思って始めた事業ならば、きっと、成功すると思ったし、今、繁盛していない店を、立て直すというのも、やりがいはありそうだった。
「大変そうだけど、楽しそうだよ」
達也の言葉を聞いた佐倉が、笑う。
「そうだな。仕事なんてものは、如何に、大変な所を楽しめるかってことだな。どんなに好きな仕事だって、絶対に、嫌な所とかは出てくるんだろうから」
それは、言う通りだった。