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第121話 呪いの言葉


 ORTUS社の展示会のあと、凪は、ずっと、遠田の言葉が忘れられなかった。


『その神崎って言う人と、同じことを、凪もするんじゃない?』


 それは、遠田の呪いの言葉かもしれないが、比較的、あり得そうな未来でもあるような気がしていた。


 達也にだけ、酷く執着してしまうのは何故だろう。

(もしも―――)と凪は考えてみる。


 もしも、達也が、凪の知り合いと……例えば、興水と付き合うことになったとする。それを、隣で見ていることが出来るだろうか?


 何気なく、ふたりが会話をして居るのを、平常心で、接することが出来るだろうか?

 考えただけで、動悸がしてくるのだから、おそらく、凪には、それは出来ない。実際―――。


 神崎から達也を救い出した時、興水は、かなり活躍していた。結果として、凪は、遠田から貰ったアプリを入れていたおかげで、達也の居場所まで到達したが―――。


 実際、達也が、連絡を入れたのは、興水だった。


 確かに、それがどういうことかというのは、理解している。状況の子細までは解らないが、達也が『会社に連絡を入れる』という名目で、状況を連絡するとしたら、それは『上司』になるはずだった。しかも、興水は、神崎とも面識のある『上司』だ。後輩に、連絡すれば不自然だっただろう。


 だから、仕方がないのだ――……。それは理解しているが、なんとなく、気分が落ち込んでいく。


 達也が、凪を気遣っているのも、今は、嬉しくない。怪我をさせた負い目のようなものがあるからだと、思ってしまう。


「……はあ……っ」

 会社は定時で上がった。抜糸も済んで、病院も行かなくて良くなった。けれど、凪の気分はずっと晴れない。


 会社帰り、自宅へ戻るのが少し嫌になって、最近、家とは離れたエリアで食事をして帰る。といっても、チェーン店の焼き鳥屋で、そこで、ハイボールと焼き鳥をひたすら食べて帰っている。


 焼き鳥だし、塩にしてるし、ハイボールだし……糖質的には問題ないし、タンパク質もとっているから……と、別に身体に気を遣っているわけでもないのに、そんなことを考えて、言い訳をしている。


 チェーン店にしているのは、『お一人様』でも楽に入ることが出来るからだ。一人席みたいな場所もあって、動画を回しながら、大量の食事を摂っている人も居るので、大食い系YouTuberでも来店しているのだろう。


 リアルタイムでの配信は禁止されているだろうから、あとで探せば、出てくるかも知れないとは思いつつ、そんな動画を、見るつもりはない。


 けれど、動画を撮影している人は、楽しそうではあった。

 誰が見るか解らない、見てくれるファンの人たちが居るかどうかも解らないものを、絶対に見て貰えると信じて、カメラを前にしているのだろう。その、明るい自信が、凪には、うらやましかった。


(……俺だって、ちゃんと、達也さんの前に立ちたいよ……)

 けれど、何度伝えても、身体は許してくれても、達也は、肝心なものを明け渡してくれない。


(まだ―――神崎さんが、好きなんだろうか……?)

 少なくとも、達也の心の中には、神崎がずっと存在していただろう。今は、どうなのだろうか。拉致され、束縛されそうになった達也は、まだ、神崎に気持ちを残しているだろうか。


 そして―――。

 もし、達也がまだ、神崎を好きだと言う場合―――。


(本当に、俺は、駄目かも知れない)

 凪は、スマートフォンをとりだして、あのアプリをアンインストールした。達也の居場所を、常に見ているのは、良くないと思ったのだった。間違いを犯せば、神崎と同じで、達也を攫って、閉じ込めてしまうことも出来るだろう……。それは、絶対に避けなければならなかった。


(達也さん、最近、興水さんと、仲が良いよな……)

 二人だけで仕事もして居るし、家も近い。良く、飲みにも行っているのは知っている。位置情報を、ずっと見ていた。本当は、良くないと思っていたし、神崎の件の為だけに入れたはずだった。


(やっぱり、俺は……、神崎さんみたいなことを、達也さんにしてしまうかも知れない……)

 そう思ったら、怖くなった。


 カバンの中には、遠田から貰った推薦状が入っている。コレを使って、物理的に離れれば―――少なくとも、達也に危害を加えることだけはしなくて済みそうだった。


(それが、一番……正しい気がする)

 ジョッキに残っていたハイボールを、一気に喉に流し込んだとき、スマートフォンにメッセージが入って来た。


「あっ!」

 思わず声を上げてしまう。反射的に『嬉しい』と思ってしまった。達也からだった。



『今週末あたり、飲みに行かない?』



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