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第123話 グッデイ


「興水くん……だよね?」

「ああ……そっちは、松園くんだよね?」


 二人で確認しあって「久しぶり」「こんな所で再会するなんて思わなかったよ」と口々に言い合う。


「ほー、珍しいこともあるもんだな……じゃあ、丁度良かったな。まあ、この松園が、おにぎり屋・グッデイの責任者なんだが……」

 榊原は、そこで言を区切った。


「……今、この、おにぎり屋・グッデイが、全く、売れていないんだ」

 それは、達也も身を以て知っている。偵察に行った時に、客足が少なかったことと、地続きだろう。


「このグッデイっていうのはね、朝ご飯とか昼ご飯を、ちゃんと食べて欲しくて作った仕事なんだよ。一日、良く過ごせますようにという意味を込めて、【Good day】なんだ。毎日、うちのおにぎりを食べて、毎日、グッデイになってくの。そういうお店が理想だったんだよね。

 僕は、おにぎりって、絶対に売れると思うんだけど……その辺、コンサルさんとやりとりして作った今の店って、どうもダメでね。

 松園くんは、現場で見てて、何か感じることはある?」


 榊原に言われた松園は、少々、戸惑ったようだが、ゆっくりと口を開く。


「この田舎で勝負するには、価格帯が高すぎます。榊原さんが言うような、毎日食べるコンセプトとしては、難しいと思います。そして高価なラインで勝負するには、具材が普通過ぎます。凄くこだわって、選び抜いた一品というならば、それもアリかとは思いますが、今のままでは、表現出来てないような気がします」


 気弱そうな風貌の松園だったが、言うべきところはしっかり口にするようだった。それに達也は安堵して、小さく、吐息した。


「……もしかして、佐倉企画のお二人、グッデイに行ってみました? 今、瀬守さん、大分、肯いていたようですけど」

「あ、……はい。ちょっと気になって」


「おっ、事前偵察、ありがとうございます。……それで、ユーザー目線でどうだったでしょう?」


 急に聞かれて、達也は戸惑ったが、「そうですね」と一呼吸開けてから、続けた。「やはり、待ち時間が長すぎると思います。ワンオペで対応されるには、限界があると思いました」


「ふんふん。たしかに、ランチタイムは、一刻も早く食事を終えたいよね。それからそれから……?」

 身を乗り出すようにして聞く榊原に圧されつつ、達也は、口を開く。


 気が付いたときには、現時点で把握していること、問題などを素早く引き出されることになった。


 聞き上手なのだろう。その上、人を纏めてヤル気にさせるのが得意なのだ。ORTUS社の人間だということも忘れて、達也は、現時点で相談出来そうなことを全て相談し終えていたのだった。





 達也たちの仕事は、本業どおりでグッデイの広告の担当ということになった。


「ついでに、店の商品とかもアドバイスが欲しいんだよね。その分も、発注に追加しておくし、別途費用が掛かるようなら、それは別途相談で。

 松園くんは、飲食店を回すのは初めてなんだけど、お金関係はめちゃくちゃ強いんだよ。元々、経理とかそっちに居た人だから」


 榊原からは、そう言われたので、店の改善にも関わることになってしまったのは、意外だった。コンサルに頼むのではないかと思ったが、松園が「コンサルはね……」と暗い顔をして俯いたのを見て、細かい話は突っ込まないことにした。


 おそらく、今の店を立ち上げる際、コンサルと色々あったのだろう。

 そういう話はよく聞くことだったので、それは、達也としては、何も言うことはない。商談が終わるという時になって、不意に切り出したのは、興水だった。


「……それにしても」

「はい?」


「……お互い、よく覚えてたよね。いつ以来だろう。俺は、同窓会も出てないから」

 松園が、少し戸惑ったような顔をしてから「僕も、出てないですよ。同窓会なんか」と小さく呟く。


「十年くらい、会ってないのに、解ったのは凄いなと思って。松園、変わってないね。……ずっとORTUSでやってるの?」


「えっ? いや……別の中小企業に就職して、経理でORTUSの、ここの支社に引き抜かれて、なぜか、おにぎり屋を任されてる……」

「飲食の経験とかは?」


「全然ないよ」

「バイトとかも?」


「うん。バイトは、家庭教師とか……土木工事とか」

「えっ? 土木? そんなに細いのに?」


 興水が驚く。たしかに、松園は、細くて色白だった。日に焼けた褐色の肌と、盛り上がった筋肉を有する、土木関係の人のイメージからは、かけ離れている。


「……現場って、運動量多いから、めちゃくちゃ痩せてる人って多いよ……工事現場って、結構頭使うし、僕は好きだった。親に反対されなければ、多分、就職も、土木に行ってたかも」


「なんか、昔、インドアだったよね」

 興水が、意外そうな顔をして言う。


「うん。教室の隅っこで読書ばかりしてた」

「でも、割と、身体を動かすのは好きだったってことか」

 うんうんと興水は肯いている。何か、納得したらしい。


「あのさ、これから、いろいろやりとりが増えるとおもうから、連絡先、交換しても良い? 貰った名刺に連絡すればいい感じ?」


 しばし、松園は何かを考えて居たようだった。


「その電話番号……、この事務所に着信するんです。だから……、個人のほうでよろしくお願いします。こちらなら、ピーク時間を越えたら、連絡できますので」

「わかった、ありがとう……じゃあ、俺も、一応、プライベートのほうのスマホでよろしく」


「えっ……!?」

 個人の電話番号を教えられるとは思っていなかったらしく、松園は、あからさまに動揺している。


「わ、解りました……、個人情報については、しっかり、管理致します!」

 松園はそう言うと、深々と頭を下げた。まさか、今からの取引相手を一方的に頭を下げさせる訳にはいかない。慌てて、達也も頭を下げた。


(とりあえず、興水の知り合いって言うのもラッキーだったし……、腰が低そうな人で良かった……)


 ORTUS社がらみの仕事ということで警戒はしていたが、仕事はやりやすそうだ。

 榊原をふと見ると、にこにこと笑っていた。



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